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sf小説・体験版・未来の出来事3

 流太郎は康美と会えるのを忘れていた。服を全部脱いで、湖面に飛び込む。バシャーンと音がして、全身、流太郎は湖水に浸(つ)かった。
その音に気付いたのか、あの白人美女人魚が水中を進んで流太郎に近づいてきた。白い両手を伸ばして流太郎に抱きつき、キスをした。
三十秒も水中でキスをしていると、流太郎には息が苦しい。それを見た人魚は上へと進む。湖面の上に顔を出した二人は、まだキスをしていた。それを見たソリゲムとセロナは、ニコニコとする。
やがて人魚は唇を離し、くるっと背中を向けた。流太郎が右手を伸ばすと彼女の女性器に触れてしまったのだ。
美女人魚は右手を後ろに伸ばして、流太郎の上を向いた男性自身をつかむと、自分の肉厚の女性器へと引く。流太郎は後ろから彼女を抱く。二人は水中で結びついてしまったのだ。
流太郎が、ぎこちなく腰を動かすと美女人魚は背中と頭部を反らし、せつなげな声を洩らした。
流太郎が液体を放出するまで三十分は持った。
ソリゲムとセロナは黙って、それを見ていた。
流太郎の両手は湖水の下で彼女の乳房を、揉んだり、掴んだり、又、彼女の白い大きな尻を掴んだりもしたのだが、湖上のソリゲム達には、それは見えない。
人魚美女のピンクの乳首が硬く尖るのも、見えなかった。
流太郎の小さな分身が勤めを終えて、元の大きさになると美女人魚は彼を離れ、裸身を反転させて流太郎にキスをする。唇を離すと、
「アナタ、ステキデス。アナタノ、ジュニアモ、カタクテ、イイ。モシ、ヨケレバ、アナタモ、ニンギョニナッテ、ワタシト、クラシマセンカ。マイニチ、ココデ、イマイジョウニ、タノシメルカラ、ネ?」
と日本語で話した。流太郎は彼女の白い肩を抱いて、
「日本語が話せますね。アメリカの人でしょう?」
「そう、わたし、日本に留学したのよ。おじさんが日本からアメリカに帰化した人。」
流太郎は、でも、・・・と躊躇する。それは、そうだろう。人魚になるには勇気が、要(い)る。それで、
「人魚になるのは、できるか、どうか。でも、ぼくには今のが初体験でした。」
と告白すると、青い瞳で美女人魚は流太郎を見つめ、
「そうだったの。チェリーボーイを卒業させてあげられて、わたしも嬉しい。わたしの住むところ、洞窟の中にあります。来ない?」
「どうかな、」
と答えてソリゲムの方を向き、
「ソリゲムさん、まだ、時間、ありますかー?」
と聞くと、ソリゲムは、
「残念だけど、別の場所も君に見せたいんだ。男にも、なったし、又、ここに来ることもあるよ。美人さんには、そう言って、って、聞こえましたか?日本語、分かるでしょう。」
美女人魚は微笑むと、ソリゲムの方を向いて、
「それでは、しばしの、お別れです。又、会いたい。」
名残惜しげな顔をして、湖水の下に姿を消した。
 
 車に戻った流太郎は、服を着る。セロナは冷静に流太郎の股間のモノも眺めていた。
白鳥の車は湖面から飛び立った。今度は、何処へ行くのだろう。
 
 流太郎が連れられて来た火星の国は、広大な国土を持つようだ。それが、どうも地球からは見えない火星の裏側にあるらしい。白鳥の車は地球で謂えば赤道直下の地帯に飛行中となったらしく、熱気が漂う。山の中腹に温泉らしいものが見えた。ソリゲムは流太郎に、
「さっき、裸になったけど、今度は温泉だよ。又、脱いでいいから。」
と無責任そうに呼びかける。
眼下に見える温泉は直径二十五メートル程の、大きな温泉だが、誰もいないようだ。流太郎は、それを眼にして、
「誰もいないようですね。」
と声に出すと、ソリゲムは、
「だって、今日は平日だからね。それに交通は不便なところだし。というより最寄りの道路からでさえ、徒歩三時間だよ。乗り物なしに来る火星人は、いないよ。」
と事情を語った。
白鳥の車は、その温泉のすぐそばの野原に降りた。車を出れば一メートルで温泉に入れる。ソリゲムは流太郎に、
「疲れただろう、この温泉は体に、いいよ。」
と運転席から振り返って言う。
「さっき、湖に入ったばかりだし・・・。」
と、ためらう流太郎。温泉というよりプールみたいだ。セロナが勇気づけるように、
「誰もいないし、わたし達の目は気にしなくていいから。」
と云うので、流太郎は、
「それでは失礼しまして、裸になります。」
と答えると車を降りて服を脱ぎ、温泉に浸かった。
ザポーン、と音を立てて湯の中に入ると、膝を曲げて尻が湯の底の土に届く。
地球の温泉より、ぬるめの湯加減だろう。硫黄の匂いみたいなものは鼻に感じられた。火星で温泉に入るなんて・・・と空を見上げた流太郎の目に小さな円盤が見え、それはグングングーンと大きくなると白鳥の車の横に急降下して着地した。
ソリゲムとセロナは少し驚いた風だったが、円盤内から初老の老人の火星人が出てくると、口を並べて、
「ダリモ部長!」と呼びかけた。その人物の後ろから、地球の日本の京都の舞妓の衣装を着た若い女性が、日傘をさして降りてくる。
ダリモ部長はセロナとソリゲムに、
「おはよう、もうすぐ昼だがね。ああ、ロケハンか。あの青年だろ、今回のドキュメンタリーの主役は。」
とニヤニヤっとしながら、流太郎を見る。流太郎はドギマギビクリ、とした。ソリゲムは、
「そうです。今日は部長は、お休みと聞きましたが。」
「ああ、休みさ。だから君達に指示は、しない。日本の芸者を連れて来ている。」
それは流太郎には見るだけで、分かる。京都の舞妓に見られるような髪型、に簪、白粉に口紅、で彼女の目は黒目が大きく人形のように均整が取れて、紫の着物を着ている。彼らも温泉から一メートルの距離だ。流太郎は湯の中とはいえ、透けて見えるかもと股間を両手で隠す。ダリモ部長は、それを見ると、
「霧乃、おまえも温泉に入りなさい。」
と舞妓に話す。霧乃と呼ばれた、その舞妓は嬉しそうに、
「はーい。脱ぎますわ、全部。」
と答えて、シャン、シャン、サラサラ、と着物をすべて外した。雪景色のように白い裸身に、簪も外して長く垂れている黒髪、それと同じ色で少し縮れた足の付け根の陰毛、丸く、横から見たら上を向いたような乳房と乳首、が印象的で彼女は全身、どこも隠さないままで流太郎の近くに、パシャ、パシャ、と湯の跳ねる音をさせて近づく。
流太郎は舞妓の全裸など見た事もなく、彼女の体から、ほんのりと甘い香りもしてきて陶然となるのだが、霧乃は流太郎の正面に脚を横にして座ったのだ。透明な湯なだけに、霧乃の乳房は透けて見える。流太郎は勢いよく自分の股間の分身が立ち上がるのを感じた。それを見る霧乃は微笑むと、
「手で隠さなくても、いいでしょ。わたしも何も隠さなかったんだから。わたしの下の毛まで見たくせに。」
と、甘く詰(なじ)る。
流太郎は観念したように両手を離した。雄々しい竿が湯の中に立つ。霧乃は眼を更に大きくして、
「太くて長いわ。早く頂戴。」
霧乃は両目を閉じて、両手を流太郎の方に差し伸べた。流太郎は彼女に、にじり寄り抱き寄せて接吻を開始した。霧乃の柔らかい手の指が流太郎の背中に回される。
霧乃の白い太ももは、湯の中で大きく開かれていた。流太郎は霧乃の大きな白い尻を抱えると持ち上げて、胡坐(あぐら)をかいた自分の太ももの上に降ろす。二人の性器は湯水のなかで結びつく。
口を開いた霧乃は自分で腰を動かしている。ぴったりと抱き合った二人は、流太郎が自分の胸の上で霧乃の大きな乳房が乳首と共に、形を崩すまで押し付けられているのを感じるほど密着している。
太陽は灼熱の光を二人に注いだ。それをエネルギー源としたのか、二人は一時間も結合していたのだ。
セロナは火星語でソリゲムに、
「すごいね、あの二人。」
と話す。ソリゲムは、
「カメラは、もう回し始めているから大丈夫だよ。」
「この部分もノーカットでいくのね。」
「そうしないと面白くないだろ。さっきの美女人魚との性交もカメラに入れているから。」
「時って童貞じゃ、なかったのかしら?」
「その分、エネルギーがあるね。」
ダリモ部長も感心して二人の結合後の動きを見ている。ダリモ部長、ソリゲムとセロナ、と横並びで温泉の中の二人の愛交を見ているのだ。霧乃の方が積極的に動き、自分で赤い舌を出して流太郎の唇の中に挿し込んだり、流太郎の両手を導いて自分の大きな柔らかい乳房を揉ませたりしている。
流太郎も火星人三人に近くで見られている事も、忘れてしまった。霧乃の方は見られても平気なようだ。それは・・・
 
 ダリモ部長が京都の舞妓、霧乃を身請けして火星に連れてきて半年になる。その間、ダリモ部長は霧子に指の爪先すら触れない。広い邸宅内から霧乃を出さない。娯楽の映像ですら男性の写っていないものを見せる。
京都で毎日のように男性に接していた霧乃は、性的に臨界点に到達していた。年齢は二十二歳、経験した男性は三人ほどだが、その男性は、それぞれ霧乃の旦那の時、毎日、朝と晩、霧乃と性交していた。
一人の旦那と終わっても、三日もすれば次の旦那が出来る。舞妓として座敷に出て、家に帰る、そこは旦那が購入した2LDKの高級マンションだ。だから十九の歳から、盆も正月も休みなく旦那が霧乃と愛交するほど彼女の裸身は素晴らしかった。
三人の旦那から、あらゆる体位で交わられ、時には二時間も続く事もあったのだ。二十二歳になった時、旦那の事業が不振になった為、霧乃は妾というか愛人をやめた。そこに現れたのが火星人のダリモ部長だったのだ。
愛人契約と云っても二人の間で決める事で、斡旋者が、いるわけではない。
古風な日本建築の広い座敷で、ダリモ部長は傍にいる霧乃に、
「君を不思議なところに連れていきたいんだがね。」
と持ち掛けた。
「不思議なとこって、どこどすの?」
「日本じゃないとこさ。」
とダリモ部長の日本語はセロナやソリゲムより巧い。
「ほな、アメリカどすか?」
「さあねえ、眼をつぶって、ご覧。」
「はいな。」
霧乃には既に一億円ほど渡してある。座ったまま眼を閉じた霧乃の横を抜け、ダリモ部長は座敷の庭園に面した廊下に立つと、携帯電話のようなものをズボンのポケットから出すと、
「準備完了。来てくれ。」
と命じた。すると三秒後には庭園の真上、十メートルの高さに空飛ぶ円盤が現れ、青い光がダリモ部長と霧乃を包むと上空の円盤内に引き上げた。見る人がいたとしても、青い光だけだろう。現れた円盤といっても人間の目やレーダーには映らない防護波で守られている。おまけに青い光ですら人間の目には透明に見える。
かくして円盤内に移動したダリモ部長と霧乃だが、ダリモ部長が、
「もう、眼を開けて、いいよ。」
と云うのでパッチリと眼を開いた霧乃は、
「ま。宇宙船みたいやわ。もしかして、空飛ぶ円盤どすか、ここ。」
思ったまま、を云う。ダリモ部長は、
「ああ、鋭いね。そうさ、私は実は火星人なのだよ。」
霧乃はクス、と笑うと、
「そんなの冗談ですねー。でも、誰も、うちの体、触らんのに不思議やわ。」
と真顔になる。ダリモ部長は笑顔で、
「火星に着けば、信じるよ、霧乃。」
と話すのだった。
 
 火星に着いて、あちこちに連れていかれれば、霧乃も信ぜざるを得なかった。夜になっても空には地球は見えないのでは、あったが、それは地球からは見えない裏側の火星だからだ。
三人の旦那に愛撫され続けた霧乃の体は、どうしても男性を求めてしまうのだが、ダリモ部長の気を引こうとしても通じなかった。
そんな時、温泉に連れていかれて裸の流太郎を見た時、彼に抱かれたいと思い、行動したのは不思議ではない。
三人の旦那は避妊具を着けていたが、流太郎は、そんなものは着けていない。それだけに強烈な快感を霧乃は覚え、(ここが火星の温泉だなんて)、と思いつつ、流太郎が終わった後でも、両脚を流太郎の腰に挟んで、しばらく離さなかった。そして流太郎に自分から接吻した。
長い二十分の口づけが終わると流太郎は三人の火星人に気づき、霧乃から離れて立ち上がると、ソリゲムに、
「このまま、いたら、お湯で府焼けてしまいそうです。」
と少し恥ずかし気な顔を見せる。両手で股間は隠しては、いるが。ソリゲムは、
「もう昼だから食事にしよう。日本風に弁当を持ってきている。ダリモ部長!部長は、どうされますか。」
ダリモは、
「わしらは円盤内で食べるよ。霧乃、着物を着なさい。」
と娘に話すように湯の中に座っている全裸の彼女に話しかけた。
彼女の顔は性の陶酔を味わった後の顔だが、
「はい、ただいま。」
と舞妓らしく答えると、ザブンと音を立てて白い裸身で立ち上がって、温泉を出ると着物を着ていった。
 
 白鳥の車の中で弁当箱を貰った流太郎は、その弁当が日本の四倍もある大きさなのに驚いた。開けてみて、更にびっくりしたのは、蓋のあるカップの中で小さい魚が泳いでいた。流太郎は、
「この魚、生きていますよ。食べられますか。」
と声を発した。セロナは、
「その液体にも味付けがしてあるし、魚は生きたまま食べるのが一番栄養があるのだからね。」
と説明すると、彼女はスプーンみたいなもので、その小魚を掬(すく)い、食べてしまった。流太郎も、それに倣(なら)う。うまい、喉の中を生きた魚が下っていくのは、白魚を想起させた。
流太郎は何とか食べ終わり、
「ご馳走様です。四食食べた気がします。」
と謝意を発言したら、ソリゲムは、
「よーし。少し休んで、これからゲームセンターに行くよ。」
と話した。流太郎は、
「屋根なしの車だと、いきなり雨が降ったら困りませんか。」
と訊いてみる。ソリゲムは、
「火星のこの地方は、滅多に雨が降らない。降ってきたら屋根は出せるよ。そうでない時は日光浴にもなるし、車の屋根は出さないね。そろそろ、行くか。」
セロナは、うなずき、
「行きましょうよ、ゲームセンターに。」
白鳥は羽根を羽ばたかせ、車は上へと上昇した。
 
 やがて郊外のゲームセンターみたいな所の駐車場らしき場所に、白鳥の車は降り立った。平日のゲームセンターらしく、人、というより火星人の客は、何処にも見えない。
入場する時もセロナが会社から貰っているというクレジットカードのようなものを改札口みたいなところに通して、三人が入った。もちろん、改札口で三人分とボタンを押す。では、五人でも三人分を押せば、と考える人間は火星には、いないが万一、というより億一、そんな場合のために入り口にはセンサーがあり、地球の自動ドアが開くように、三人分は三人しか通れないようになっている。
ゲームセンターの中は、華やかな照明で地球の野球場の広さはあるゲームセンターとしては、広大なものだ。
何と宿泊施設まである。火星の連休ともなると、泊りがけでゲームをしに来るらしい。
セロナは流太郎にクレジットカードのようなものを手渡し、
「これをゲーム機の前で改札口のように入れれば、いいから。一人で遊んでいて、いいわよ。」
と日本語で話した。
流太郎はキラキラとした照明で気分が高揚していたので、ボーリング場のようなところへ入る。一人ずつ入る広さのもので個室ボーリング場らしい。そこに入ると、地球のボーリング場そっくりだが、レーンの先に立っているのは美女人魚が十人、もちろん人形だが並んでいる。しかも上半身は全裸なので乳房も顕わだ。
流太郎はボールを取って、人魚ピンに向かって転がした。よく見ると金髪の陰毛まで見える。当たった!ストライクだ。全部の美女人魚が仰向けに倒れた。スコアを点ける人が、いない?そんなものは、デジタル画面に記録されて表示されている。
火星のボウリング場は、その点でも地球とは比べ物にならない。因みに、であるが流太郎は男性専用ボーリング場に入った。女性専用のボウリング場は、どうなっているのか、というと、全裸の金髪男性の人形がピンで並んでいる。しかして、その美男男性の股間のモノは堂々と、ぶらさがっているではないか!
しかも、それは女性が投げたボウルに当たると、ブラブラと睾丸及び陰茎が揺れるのだ。倒れないピンも美男金髪の性器の揺れを眺めて、女性ボウラーは満足する。
倒れてしまっては性器も横倒れになるので、すべての金髪全裸男性のピンを倒さず揺らすように試みる女性まで、出てきている。このようなボウリング場ではあるが、地球とは違って未成年者も出入りできる。
流太郎は、それほどの結果は出せなかったが、全部のピンが毎回倒れるより、全裸の金髪美女人魚の人形が残っている方が、面白かったのだ。
ボウリング場内には案内の火星人女性が、受付にいるが、それ以外は無人の施設だった。
そこを出ると、ゲームセンター内に戻る。歩いていると、地球のプリクラ撮影機のようなものに気づいたので、流太郎はクレジットカードらしきものを入れて料金を払い、中に入った。中はプリクラ撮影機の倍は広い。火星語は分からないので、緑色のボタンを押すと、流太郎の頭にシャワーのように光線が降った。すると!
座っている流太郎の横に幽霊よりは鮮明に、亡き父親が現れたのだ!
横にいる気配に流太郎は、横目で見て、
「父さん、父さんじゃないかっ。」
と横を向く。
三年前に死んだ父親の流一が、そこに立っていた。
 時・流一は機械工学を専門とする技術者で、コンピューターを専門領域としていた。流一は息子の流太郎を見下ろすと、
「ああ、そうだよ。霊界から来たんだ。その機械はね、今、会いたい人、それも死んだ人を呼び出せる機械なんだ。今のところ火星と金星にあるんだが、地球には勿論、ない。そこで、我々地球人には無縁だった。霊界にいてもね。今回、私が初めてだろう、火星に呼ばれた日本人の霊界からの登場は。」
と語る。
流太郎は、かねてから訊いてみたかった事を尋ねる。
「父さんの死は謎めいていた、と母さんから聞いたけど、本当は、どうなんだろう。」
流一は回顧する。
「ああ、私は殺されたのさ。それも私の友人に。」
「ええっ、それは一体、誰なんだよ。僕は知らないと思うけど。」
「そうかもな、ただ、名前は言うよ。城川康一という会社の社長だ。」
電撃が流太郎の脳内を駆け巡る。
「城川・・・康一。もしかして娘の名前が康美とか・・・。」
「そうだよ。知っているのか、彼を。そして、彼の娘を。」
「ああ、もしかして同一名で違う人達かも、しれないけど。」
「北九州の人間だよ、彼は。」
「それなら、間違いなさそうだ。でも、どうして・・・。」
「それは城川康一の妻である女性はね、元は、私の恋人だったのだよ。城川は、それを自分の彼女にしたがった。が、なびかない彼女を諦めさせるために、私を殺した。」
そんな事・・なら城川康美は殺人者の娘、なのか。
「ひどい話だけど、父さん、城川を恨んでいないか。」
と流太郎は聞く。
父の流一は穏やかな顔で、
「いいや、もう、どうでもいい話だよ。父さんはね、あの世で豊かな暮らしをしているんだ。それに送ってくれたのが友人だった城川さ。だから、もう、いいんだ。」
「うーん、そんなものかね。」
「そんなものさ、他に何か聞きたい事は、あるか。」
「そうだなあ、何もないわけではないけど、聞けばショックを受けそうだし。」
「そうだなあ、霊界の事は知らない方が、いいよ。では元気で頑張れよ。」
「ああ、そうするよ。では、又、いつか。」
父の流一の霊体は消えた。
 流太郎は座席を立って外へ出る。ソリゲムとセロナが並んで立っていた。ソリゲムは、
「君に渡したクレジットカードには、位置特定機能がある。地球のGPSより優れたものだけど、このように広い場所では役に立つね。時刻は夕方になった。もうすぐ日没だから、ここを出よう。」
と話す。
ゲームセンターを出て、白鳥の車に乗ると再び空に舞い上がった。
 
 空から見てもホテルのような建物の屋上に、白鳥の車は降りる。屋上駐車場、という外観だ。ソリゲムを先頭にセロナ、流太郎の順でエレベーターのようなもので階下に降りる。階数表示は火星の数字のため、流太郎には見当がつかなかった。
直ぐに開いた扉から出たら、そこが、そのホテルのラウンジだ。受付のホテルマンも二人、背広に似たものを着て立っている。ピンク色の背広だ。地球の白人より色白の肌で、身長は二メートルほどだろうか。流太郎は自分が小さく感じられた。ソリゲムとセロナも二メートルはある背丈だ。
ソリゲムは火星語でホテルマンに何かを話した。するとホテルマンは、うなずき、流太郎に、
「お部屋、案内しまっす。」
と外国人訛りのような日本語で話した。セロナは、
「このホテルのフロントの人は、日本語がなんとか出来るからね。困ったら、この人を呼んで。」
と伝える。
その火星のホテルマンに連れられて、流太郎は廊下を歩き、一つの部屋に通された。ダブルベッドが置いてある。窓際の椅子に座る。赤いカーテンが閉められていたので、手で左に開くと、荒野が見えるかと思いきや、そこは緑の樹木の多い場所がホテルの周辺では目についた。
さっきゲームセンターで出て来た亡き父によると、城川康美の父親の康一が父を殺したという。流太郎は暗然と、その場面を想像してみるのだった。
 
 地球では康美は父の康一と共に、火星のマンゴーを全国的に売り始めていた。まずは福岡市に販売拠点を置いたのだが、それが、うまくいくと福岡市郊外の空き地に大規模な倉庫を作った。その倉庫へ火星から深夜、UFOが出現してマンゴーを置いていく。この空飛ぶ円盤は人間の目に見えないよう保護光線を出している。
さて、UFOが消えるのはワープだとか言われてきたが、実は地球人の視覚やレンズに映らなくなっただけ、というのが真実なのだ。タイムワープなどSFとしては面白いかもしれないが、実際の話として既に終わった過去には行けないし、まだ始まっていない未来にも行けないのだ。であるからして、パリノ・ユーワクの所有する空飛ぶ円盤は福岡市郊外の倉庫に着陸しても付近の住民には知られなかった。
深夜の作業を終えた康美にパリノは、
「至急、火星に来て欲しいんだ。君に会わせたい人が、いるのでね。」
と話す。康美は少し驚いて、
「わたしに会わせたい人が、いるのですか、火星に。」
と問い返す。
「そうだ、だから円盤に乗り給え。」
「はい、そうします。よく分かりませんけど。」
それで康美は火星まで運ばれた。
 
 パリノは流太郎が宿泊しているホテルの屋上にUFOを移動させた。フロントまで康美を連れて行き、
「頼んでいる部屋まで、この地球人女性を連れて行ってくれ。」
とホテルマンに火星語で話した。
「合点でサー、お連れします。」
と答えるピンクの背広のホテルマンに、康美が連れていかれたのは、ドアにインターフォンが点いた部屋で、ホテルマンは、
「時、さま。女性の方が、いらっしゃいました。」
と日本語で告げる。
「ああ、どうぞ。ドアは開いていますよ。」
と声がした。
開かれたドアから康美が見たのは、時流太郎のパジャマのような姿だ。
康美を見た流太郎は、
「やあ、君が来るのは聞かされていたよ。」
と、何処か、そっけない。
ホテルマンがドアを閉めた。康美は少し以上、驚いて、
「わたしは何も聞いていなかったわ。時さん、どうして、ここに、いるの?火星のはずだけど、ここ。」
「何か分からないけど、連れられてきた。君こそ、なんで火星に来るんだ?」
「それは火星の人とビジネスでも交流があるからよ。その人に連れられてきたわ。会わせたい人が、いるからって。」
「そうだった訳か。ぼくは君には、もう、会いたくない。」
「えっ、どうして?そんなに態度が変わるなんて。」
「訳は言えないが、人殺しの・・・いや、やめておく。」
「なんのこと、なのかしら?」
康美には今まで違って、流太郎が魅力的に見えた。金髪美女人魚と京都の舞妓と性の行為を行った後なのだから。流太郎としても康美と二人きりの部屋の中に、霧のような彼女の香気が自分を包むのが感じられたし、先般の二人の女性、人魚は女性といえるかは別としての話、その二人よりも康美は美人だし胸も魅力的だ。だが、彼女の父は自分の父を殺したのだ。そう思うと、
「残念だが、部屋を出て欲しい。そうとしか言えない。」
「わかったわ。わたしも、これきりで貴方とはサヨナラね。」
康美は流太郎に背を向けると、ドアのボタンを押した。自動ドアのように、その扉は左に開き、ハイヒールの靴音高く、康美は部屋を出て行った。
 そのホテルのラウンジにはパリノ・ユーワクが豪奢なソファに腰かけて、康美が歩いてくるのを見ると、
「どうしたたのかね?あの男に会いたかったのでは、ないのかな?」
と日本語で話す。
ラウンジにいる火星人達は好奇心のある眼差しで、康美を見ている。康美は(地球人だと分かるのだわ。やっぱり珍しいのね。)と思い、パリノには、
「会いたいとは思っていませんでした。昔、ほんの少しだけ、つきあったのですけれど゛。」
「あの男の気持ちは、どうだったのかね。」
「とても、わたしの事を嫌っているようでした。前に知っていた彼では、ないみたいです。」
「そうか、他に地球に男は、いないのか。」
「ええ、いませんでしたし、今も、いません。」
パリノは安堵の表情で、
「それなら火星で、私の第三夫人に、ならないか。今より贅沢させてあげるよ。マンゴーの仕入れなら、私の部下が代行する。」
と求婚を言い表したのだ。
康美は少し戸惑いながら、
「少し考えさせてください。いきなり、そんな事、言われても。」
と答えた。
「まあ、いい。それでは、私の家に帰ろう。」
パリノは、そう云うと康美の肩を抱くようにしてホテルのラウンジを出て、屋上の駐円盤場にエレベーターで移動した。
 
 空飛ぶ自家用円盤なら、火星のその国の中なら何処でも分、あるいは秒単位で移動できる。康美にしては、えっ、という間に円盤は小さな城を思わせるパリノの自宅に戻っていた。
 康美には広い個室が与えられている。その部屋には大きなスクリーンのようなものがあって、女中さんらしき火星人の若い女性の説明(その女性は日本語が話せる)によれば、そこに映像が映るという。そのためのリモコンの操作も女中、というかメイドに教えてもらった。それで、とにかくスクリーンに何かを出して見た。
火星のボクシング、のようなものが映し出される。しかし、驚くべきなのは、その二人の拳闘選手はパンツを履いていない。つまり男性二人が全裸でボクシングしているのだ。
それも火星人ではなく、地球から連れられてきた人間のようで、スクリーンに映し出されているのは日本人のようだ。
康美は(キャッ、)と思いつつも、部屋には自分だけだし、リモコンを操作して立体のボタンを押した。簡単な火星語ならメイドに習って覚えて始めた康美なのだ。
スクリーンから裸のボクシング選手の立体映像が浮き出て来た。
両足を二人とも巧みに動かし、ジャブを打ち合う。その時、彼らの股間のモノは体の動きに連れて、ブラっ、ブラッ、と激しく揺れている。地球では決して見れなかったボクシングの中継だ。
それも、この試合は観客がいる場所での試合で、カメラは観客も映し出した。最前列は女性で占められているのは、うなずける(?)ものかもしれない。
一人の方が鋭いストレートを相手の右顔面に放ち、それを受けた選手はノックダウンした。マットに倒れた時、股間のモノが大きく揺れたのは言うまでもない。
勝利した選手はグローブを嵌めた右手を高く上げて、勝利の笑みを浮かべた。パンツを履いていないので股間のモノは全観客に見えている。
康美はスクリーンから浮き出した映像が、選手の股間まで立体化しているのに驚いた。間もなく勝利選手インタビューが映し出される。火星のアナウンサーが火星語でインタビューすると、日本人らしいボクシング選手も汗を流しながら火星語で答える。それは地球でも見られるものだが、違うのはカメラが時々、その全裸の選手の股間を映し出すことだ。
(火星では、こんな映像が流れているのね)と康美は感心した。
 次のチャンネルに飛ばしてみる。すると大相撲だ!しかも力士は褌をしていない。土俵入りから四股踏み、はっけよい、のこったからの取り組みまで二人の力士は全裸なのだ。取り組んで横からの撮影では力士のモノは映らないが、四股を踏むときに大きく足を上げる時に、そのイチモツが映像に映る。(褌をしていない力士が見れる)と康美は、はしゃぐ。
取り組み中は横からだけでなく、土俵の下からも撮影するので、力士のイチモツは下から写されていた。力士は矢張り日本人だ。外国人力士も、いるみたいである。康美は次のチャンネルへと操作する。次は全裸のプロレスだった。
火星人ではなく、出てくるのは地球人ばかりである。四角のマットに戦う巨体のレスラー、それも全裸。あ、相手のレスラーの股間のモノを一方のレスラーが掴んだぞ!レフリーが止めに入る。なんと、そのレフリーは上半身だけ服を着て、下半身は裸なのだ。
反則レスラーを制止しに駆けて来た、レフリーの股間のモノも激しく揺れ動いていた。
場外乱闘では全裸のレスラーが、机や椅子を投げ飛ばして暴れまわっていた。
 
 その頃、流太郎はホテルの部屋で康美の部屋にあるスクリーンと同じタイプのものに映像を流していた。
まず映し出されたのが、全裸女性のサッカーの試合だった。陰毛も乳房も顕わに十一人の女性チームが走る。ボールを蹴る、シュートを決める、ゴールキーパーが横跳びに飛ぶ。これらの試合風景が全裸女性で行われているのだ。女性器も映し出されている。
流太郎は固唾(かたず)を飲み干して、見てしまう。
それが立体化して見えるので、迫力は平面映像とは異なる。流太郎もメレニに火星語を少しと、この映像装置のリモコン操作法を習っているので、易(やす)々と動かせる。
チャンネルを変えるとシンクロナイズドスイミングの立体映像だ。日本人女子選手ばかりだが、やはり全裸だ。水中で逆立ちして股間まで浮上させた女子水泳選手の黒い股間の縦のスジまで、クッキリと見えている。それが三人並んでの水中からの演技だけに、同時に三人の女性の性器を楽しめるのだ。
流太郎は自身の股間を固くさせていた。女子選手は逆立ちだけではなく、両脚を前後左右に動かすから、女性器はそれに連れて切れ目を変形させる。流太郎は、
(あのプールで、あの三人と結合出来たら)と考えてしまう。
まず、プールの中で一人と立った姿勢で結合、その左右に逆立ちをした女子選手が性器を水面から上に出す。流太郎は、それを左右の手で触ることも、指を入れることも出来る、というわけだ。
立体映像の三選手は水中逆立ちから、両脚を上げたまま、一回転していった。

sf小説・体験版・未来の出来事2

 火星の美女検査官エスノの前に、天井から一人の全裸の美女が降り立った。エスノと、ほぼ同じ身長なので流太郎にはエスノが見えなくなり、全裸の金髪の美人を見てしまうのだ。
白い肌、豊かな胸、体の中心にある金色の恥毛の下には縦のスジ、が、ありありと流太郎には見えた。女神のようだが、生身の人間で、しかも彼女は微笑を浮かべて流太郎に近づいてきた。
流太郎は抵抗できずに立ったまま、自分の男の肉筒も天井に向けてしまったのである。
エスノは、うっとりと流太郎の突起したものを見て、
「合格よ。その女性は天井から投射された映像なのね。」
と解説すると、パネルのスイッチをひねる。
すると、すぐに流太郎の目の前の金髪の全裸美女は幻のように消えてしまった。
それでも流太郎の勃起状態は持続していた。エスノは備え付けのマイクに向かって、
「メレニさん、お入りください。」
と呼びかける。
ドアが開いてメレニが入ってきて、流太郎の全裸、および元気横溢した股間の男の棒を眺めると、
「まあっ、素敵だわっ。」
と火星語で思わず叫んだ。メレニは両手を自分の両頬に当てて、しばらく流太郎を見ていたが、一向に衰えない彼の勃起に感心して両手を両頬から外すと、流太郎のそばに寄り、彼の長くなったものを優しく握ったのだ。
流太郎は自分の硬直したものに触れたメレニの右手の柔らかさに、射精してしまいそうになったが、その流太郎の歯を食いしばった顔をメレニは見て、
「こんな事で、出したら駄目よ。」
と話すと手を離す。
メレニはエスノに、
「彼のものを元に戻して。」
と催促する。エスノは、
「はい、それでは。」
とパネルの他のボタンを押す。
すると今度は天井から、筋肉ムキムキっとした海水パンツ一つの男性が降りてきた。
と、途端に流太郎の勢いよく天井を向いていたものは、だらりと萎えてしまったのだ。
メレニは満足げに、
「これで流太郎はゲイではない事も証明されたわ。ありがとう。」
と白衣の美女検査官エスノに感謝して、その検査は終わったのだった。
 あとは下着と服を着た流太郎はメレニに連れられて、区役所の戸籍受付みたいなところへ行き、登録用紙にメレニが火星語で所定の項目を記入すると係にカウンター越しに渡す。
それを受け取った中年男性らしい火星人は、用紙と流太郎を見比べて火星語で、
「ああ、結構です。逞しい男性ですね。検査の結果は未婚男子で性的経験は、なし、となっています。」
メレニは少し驚いて、
「まあ、完璧な童貞なのね。まあ!」
「今時の地球人には珍しいでしょう。それだけに精子の状態も良好のようです。」
「そんな事まで、分かるのかしら。」
「ええ、最初に浴びせた光線から判定できるのですよ。もちろん、地球人女子の判定もできますが、メレニさんは今回は、この地球人男子だけを所有希望なのですね。」
「はい。今のところ、地球人女性まで手に入れられるか、どうか・・・。」
「よろしい。それでは手続きに入ります。」
中年火星人は用紙を機械に入れた。二秒もせずに別の所からプラスチックに似たカードが出てきた。それを役人は手に取ると、メレニに渡して、
「地球人所有証明書です。万一、この地球人が誘拐されでもした場合、あるいは行方不明の場合は、この証明書を近くの捜査機関に提出してください。」
「分かりました、ありがとう。」
メレニは流太郎の所有証明書を手にすると、ズボンのポケットに入れた。火星では女性はスカートは履かない。それは火星の重力の関係だ。つまり、風が吹いてスカートが、めくれ上がった場合、そのスカートの元に戻る時間は地球の三倍は、かかるためである。
 
 地球では。南極の火山、エレバス山(標高3794m)が大噴火した。それと同時に周辺の火山も山の頂上から火柱を噴き上げ始めた。
南極を覆う厚い氷は解け始め、海面の水位は上昇した。
それらの海水は、世界の海辺の都市を目指して流れて行った。
ニューヨーク、東京、その他、多くの都市では津波が襲った。
「うわあ、津波だあぁぁぁっ。」
「逃げろー、というより逃げている。」
この南極の火山爆発は世界中にニュースとして、たちまち広まったので世界の臨海都市の住民、ビジネスマンらは一早く、逃亡して避難していた。
その日の世界の株価は大暴落した。
 
 火星では、パリノ・ユーワクがパソコンに似た画面を見て、
「よおし、大成功だ。地球の康美に電話するか。」
と独り言を云って、携帯電話を手に取ると、耳に当てて、それから手を離した。すると不思議や、不思議!携帯電話はパリノ・ユーワクの耳元で空中に浮いているでは、ないか!!!
 
これは反重力に、よって浮いているのだ。ちょっと火星でも高価な携帯電話では、あるのだが富裕層のパリノは手にできる代物だ。
空中に停止している携帯電話のボタンを押すと、一つ押すだけで康美に電話は掛けられた。
地球の康美は携帯電話が鳴ったので、手に取って、
「もしもし、パリノさん?」
「おーう、康美か。きのう、日経平均を売っただろう、私に言われた通り。」
「はい、パリノさんの株式取引口座の三百億円分、売りましたけど。」
「今朝から世界中の株価が暴落中だ。日経平均も下がっているはずだが・・・。」
「見てみますわ、パリノさん。」
康美は自室のパソコンを起動させ、未来証券のパリノ名義のオンライン講座を開いた。
株価ボードには日経平均が五万円から四万円に向かって暴落中だ。ストップ安、なのだ。康美は、
「日経平均はストップ安です、パリノさん。」
「それは火星からも見えるよ。買戻しは、まだ先だ。儲けの三割は康美君、君に上げるから。」
「うわあ、それで一生、暮らせます。嬉しいな。」
「何々、これしきはね、序の口という奴さ。今後も、私の株式口座で取引してもらいたい。ついでにFXも。」
「そうだわ、FXも、やってみたかったんです。」
「通貨は、こんな天災では変化は、ないんだが。他の要因では大いに変動する。一ドル50¥だろ、今。」
「そうですね、あ、今、49円になりました。」
「ううん。ニューヨークも津波だからね。退避的に円が買われる。」
「でも、パリノさん、何故、南極からの津波が事前に分かったんですか?」
「ははははは。それは、火星から南極の火山を爆発させたのさ。」
ぎょっ、と康美の胸は反応した。
火星から南極の火山を爆発させるとは。なんと恐ろしい火星の科学だろう。それに合わせて日経平均の指数連動ものを売っておけば、いいのだ。特に日本人は臆病だからニューヨーク・ダウより、はるかに株価は下がっていく。
黙ってしまった康美にパリノは、
「なに、僕が爆発させたりは、しないよ。そういう情報が伝わって来た。我が国の機密情報だからね。実は我が国には、株取引省というものが、あって、火星各国の株だけではなく、地球各国の株も口座を数千は開いて持っているのさ。」
なんだか夢の又夢みたいな話だと、康美は思った。
 
 火星のバリノ・ユーワクは会議室めいた部屋で三人に話す。
「既に随分昔から、火星の他の国では主にアメリカ人を地球から連れ去って奴隷として教育し、使っていたりするんだが。他国に干渉しないのが火星の国家間の取り決めで、我が国としては一応、火星に地球人を連れて行くのには同意がいる。それは連れて行った後、でもいいんだ。
我々もロボットを開発は、してきたが、やはり、地球の人間にはロボットにない良さ、がある。ロボットに感情を生み出させるのは、我々、火星の文明でも難しかった。というより、いまだ、できていない。それが地球人の奴隷使用として他国では、行われることにより、ロボット以上の使用感を得られるというわけだね。」
ここでバリノは、三人を見渡した。
黒沢は、
「では、私達も奴隷になるので?」
と聞いてみた。するとバリノは暗闇のランプのような笑顔で、
「いいや、君達にはビジネスパートナーとして働いてもらう。私は医師として、希望を失った日本人に未来への光明を与えたいんだ。」
と地球の方を見るような謎めいた目をバリノは示現した。
籾山は、
「確かに大格差社会となった日本です。世界の工場は中国から東南アジアを経てインド、それからアフリカへ移っています。日本の工業製品は北アフリカで製造され、地中海を渡ってヨーロッパに輸出されています。日本国内は人口が増えたが、就職氷河期どころか冬眠期のようです。ロボットが作業の大部分を奪い、人工知能AIは株式相場のアナリストを失職させました。
証券各社は不必要なストラテジストなる単に口先で生きて、証券取引をしない無能な輩に人件費を払わずに生き延びようとしました。それを行わなかった証券会社は倒産しましたよ。」
黒沢は、うなずくと引き継いで、
「確かに証券会社の解説屋は無能の阿呆ばかりですよ。今ではどの証券会社は人工知能AIに株式市況の解説を、やらせています。」
と力説した。
バリノは目を日の出のように輝かせると、
「ほお。確かに日本の証券不況は証券会社にいた無能な人間によるものも大きいと、火星の日本経済史学講座では教えている。うん、だが、そんな事は、いい。立体スクリーンで君達に見せたいものが、あるんだ。」
バリノはテーブルに置いてあった、リモコンのようなものを手にすると、スイッチを押す。すると映写スクリーンもない彼らの横に、動物園のようなものが映った。
部屋は地球で映画を見る時のように、暗くしているわけでもない。それなのに、まるで部屋の中に動物園が現れたような現出感がある。
しかも、それは映像には見えず、実物かと思えるような立体感のあるもので、馬が映ったが、それは、そこに馬がいるかのようだ。
だが!地球の三人は自分の目に疑問符をつけた。その馬の顔は、なんと!!人間の顔ではないか!
しかも、四本の足のうち、前足の二本は人間の手をしている。とはいえ、その前足の太さは後ろ脚と同じ馬並みの太さだ。その体重を支えるために進化したのか、人間の手とは言え、人間の手の二倍はある。
その馬がヒヒーン、と、いななく代わりに、
「あ、どちらさまか知りませんが、映してもらって、ありがとうございます。」
と人間の顔、それも日本人の顔の口を動かして室内の四人に、話しかけた。
黒沢は心の動揺を制止すると、
「これは一体・・・?!」
とバリノに問いかけた。
バリノは愉快そうに、
「これは日本人の動物園だよ。」
と解答するではないか。続けて、
「もちろん本人の希望と了解のもとに、火星の技術で地球の馬と日本人を合成したのだ。それはウマく、いった、などと洒落にはならんがね。そうそう、なんでも、うまくいくよ。」
籾山は不気味な感慨を持ち、
「人間と馬・・・どういう日本の人でしょう。」
バリノは、
「失業して派遣で働いて、そこも仕事のない男だった。中年前の若者だよ。顔が馬に似ていたので、私が、火星でウマい話があるよ、と誘ったんだ。・・・・・
 
 は派遣労働で働いていたが、ある日、派遣の仕事もなくなってしまった。東京の私立大学を出たが、就職できなかった。彼より優れた人工知能は、いくらでも開発されていたのだ。
営業職は、あるにはあったが彼は話下手で、面接に行けば全て不採用となった。
なにがしかの貯金は、どんどん減る。そんな日曜日に真井は埼玉県秩父地方の山の方へ旅に出る。それは何故・・・彼は、とうとう自殺を決意したのだ。
(生きていても仕方ない。親からの仕送りなんて・・・)真井の両親はブラジルのコーヒー農園で、生涯を終わるまで労働する予定だ。それは日本で借金をして、返済できなくなり、ブラジルで奴隷的に働くことで借金をなくしてもらう契約をしたからだ。
こういった借金返済への救済措置は日本では、進んでいる。特に若い女性の借金返済不能者は、むしろ業者によっては歓迎された。そういった女性は、中国の富裕層が女中として使用する。
 ブラジルの奴隷的労働より、ましのように見えるが、中国人の女中というのは表向きで、彼女たちは夜の労働もある。それは性労働であるのだ。
それが無しには高額な金額を払ってまで、日本人の若い女性を女中として雇うなど、しないだろう。
真井の妹、は両親の借金のために中国の富裕層に売られた。日本の金融業者は契約書に、静未の署名をさせている。
第六条
 雇用主の夜の生活も拒絶せずに、性的要求にも従う事。これに同意なき場合には、雇用者の通告により、南極基地の某所にて複数の男性の性の要求に従事させる。
一定の期間、雇用者との夜の性労働が存立していた場合においては、その拒絶の意思を表示せる場合に於いては、南極へ送致することは軽減され、遠洋漁業者の性生活に労務すれば、宜しきを得る。
 
 静未は二十歳の男を知らない処女だった。男を知っている処女、という言葉があるとすれば奇妙なもので、女子大の三年生の時に親の破産に遭い、金融業者がマンションの彼女の自室に来た。
「真井静未さんですね?」
玄関のインターフォンが午後の六時に、彼女に呼びかけた。
「はい、そうですけど、どなたですか。」
「こちらは債権の回収をしています。日没金融という会社です。」
「ええっ?わたし、借金なんて、していませんよ。」
「へへへ。あなたがねー、お嬢さん、してなくても、おたくの御両親が借金をしているんだ。」
「そっ、そうなんですかー。でも、返せば、いいでしょ。」
「ふふふふふっ。返してもらっているとか、返せる見込みがある、とかならね、お嬢さん、うちらの仕事は、ないんです。」
「という事は、・・・・。」
「ドアを開けてもらいますよ、早く。」
「でも、・・・・。」
「我々と話をしないなら、あなたの両親は全身を臓器提供して死ぬことに、なるんだけど。」
静未は大きな胸の中を動転させて、
「今、開けますから。」
と答えると、玄関を開けた。
日没金融の男はサングラスをしていた。彼の目に映った静未は、均整が取れて豊かな胸のふくらみと、くびれた腰、少しミニの赤いスカートの大きな横の広がり、肉感的で濡れているような赤い唇、男を蠱惑するような大きな瞳、肩まである長い黒髪を見た。
(こいつは、いけるぜ。上玉、というより超玉だ。おれが先に、いただきたいが商品に傷をつけられねえからなー。紳士的に説得しよう。)
静未は日没金融の男の話を聞き、両親に電話して、その話が本当なのを知ると、自分の身を売る決意をした。
 は妹の静未から携帯電話で、
「お兄ちゃん、わたし、中国の金持ちに売られる事になったの。」
と話を受けた。
「えっ、どうしてだあ。」
「だって、お父さんが返せない借金が、あるんですもの。」
「それで、お前の学費は今まで・・・」
「わたし、キャバクラとモデルをやって稼いでいたの。でもね、体は売らなかったわ。芸能事務所と違って、モデルの事務所は枕で営業は、しないから。」
「そうだったのか。それなのに・・・中国の金持ちに売られるって、体まで要求されるんだろ。」
「そうみたい。でも、仕方ない・・・。」
兄の新太は超絶句した。
「すまん。俺も、何とかしてやりたいけど・・。」
「いいのよ。どうせ、いずれ、わたしも男に抱かれるんですもの。」
電話は切断した。
その日、真井新太は自殺を決断したのだ。
埼玉の山の中ともなれば、人通りもなく、木の枝にロープを巻いて首を吊ろうと新太は考えたのだ。
夕焼けの空が赤い。新太は牧歌的風景の秩父地方を見下ろす山の中腹辺りの大木に、ロープを巻き付け、首を入れた。
その時に!
「待てよっ!」
と男の声がした。新太は、ぶら下がるのを止めて、
(誰だろう?)と、周囲を見渡したが、誰もいない。
と、突然、目の前に直径二十メートルほどのアダムスキー型円盤が、キラキラと輝きを放って出現した。それは停止すると、地面から三十センチのところに浮いている。円盤前部の扉が開いた。それは、そこに扉があったようには見えなかった。
中から日焼けした医者のような人物が、新太の前に少し重そうに歩いて来ると、
「やあ。驚かなくてもいい、といったところで驚くのが当たり前だよな。私はね、火星から来たんだよ。冗談では、ないんだ。地球の重力は火星の三倍は、あるからね。まあ、そのための筋力トレーニングもしているんだがね。地球を歩く時などの。で、だな。とにかく自殺は、やめた方が、いい。」
火星からの男性らしき人物は、新太の首からロープの輪を外すと、
「自殺したかった理由は、円盤内で聞こう。さあ、おいで。」
新太は有難いやら、衝撃的な驚愕などで心を振幅させつつ、その火星人の後に、ついて行った。
新太が円盤内に乗ると、扉は閉まり、そこには扉があったとは見えない灰色の壁が、あるだけだった。
テーブルと椅子が多人数、座れるものが見えたが、なんと!椅子もテーブルも、その脚部の先端は円盤の床面に接していない。つまり、二十センチは浮いているのだ。
火星人はニヤリと笑みを湖水の、さざ波のように浮かべて、
「まあ、かけたまえ。浮いた椅子も初めて見るだろう?」
「ええ、それでは、お邪魔します。」
と答えて新太は火星人の前に腰かけた。テーブルを挟んで、向かい合ったのだ。火星人は先に椅子に座っていた。
円盤の天井から盆に載せられたコップと菓子皿が、スルスルスル、と降りてきてテーブルに載せられると、それを支えていた金属製の手のようなものは上に上がり、天井の中に消える。
新太は、うわあ、夢の中にいるのか、と思ってしまう。しかし、夢でないのは目の前の火星人が明確な日本語で、
「私の名前はバリノ・ユーワク。日本語風に発音している。火星語では君の耳には聞き取れないからね。さっき、円盤内の拡大カメラで地上を見ていた時に、君が自殺しようとしているのを見たんだ。」
と話しかけてくるではないか。
新太は感謝の気持ちで胸を充たして、
「ありがとう、ございました。でも、状況てのは変わらないんですよね。」
「ふむふむ。これを頭につけてくれ。」
バリノはヘッドフォンのようなものを、新太に手渡した。
「ええ、つけます。なんですか、これ?」
と問いつつも、新太は頭に、それを装着した。
「これは、うん。今、見てみるよ。」
バリノはテーブルの上の閉じたノートパソコンのようなものを、開いて起動させた。
そして、その画面を見ているバリノは、
「おお、分かったぞ。君の自殺しようとした原因が。」
と落ち着き払っている。
新太は、
「何故、分かったんですか、バリノさん。」
「いやね、君の頭につけているものは、君の脳内思考を、この地球のパソコンに似たものに電波のような形で転送する。
それで、ここには日本語で、妹は、もうだめだし、自殺したい、という君の考えが出て来たんだ。」
「へえええ?なんという機械でしょう。確かに地球上には、ありませんよ、そんなもの。円盤の中に、僕はいるし、火星の超科学ですか、これは?」
「うん、これはまだ、昔の発明品なんだ。今は、もっと、すごいのが出ているよ。医師の私にも手が出ないものも、ある。それにね、地球でも麻酔薬なんてのは、医者にしか扱えないように、使用許可のいる機械もある。そうしないと火星人にも稀に、悪い奴が、いるしね。
で、という事は、うう?妹さんは、売られるのか?金持ちの中国人に?」
「ズバット当たりです。今晩辺り、抱かれるんじゃないかと思います。妹は肌も白人並みに白いのに、海水浴が好きで、割と日焼けしています。秋には白くなるんですけど、それでビキニを付けたところだけが陽に焼けずに白いんですよ。」
「ほ、ほ。いやに詳しいな。」
「ええ、妹が中学一年生まで風呂に一緒に時々、入ってやったものですから。」
「ははあ、そうだろうな。何、女子大の三年生か。中二ぐらいから、生理が始まるものね。それで恥ずかしくなって、兄の君にも裸を見せなくなったんだな。」
「そうなんです、って、妹に生理が始まったのか、なんて聞けませんけど。それに十八までに妹の胸は、大きくなっていたし、近くを僕が家の中で通っても、ぷるん、ぷるんと胸を揺らせて妹が通り過ぎたりしました。
それに、お尻も大きくて、それを左右に揺らせて歩くんですよ。妹は男と、付き合った事がなくて。それで。」
「処女だというのかね。」
「ええ、多分、そうでしょう。高校三年の夏の終わり、つまり夏休みが終わって学校に行った帰りに、自動車が妹に、ついてきて、車の中から、
『おい、一緒に乗らないかー。』
と暴走族風の若い男に声を掛けられたそうです。妹は走って家に帰ると、ぼくに、その事を話して、
「お兄ちゃん、一緒に帰ってよー。」
と頼んだんです。
妹は部活動をしていたし、僕は部活動はしないで家に帰っていましたから、時間を合わせて妹が校門を出たところで待ってやって、一緒に帰っていたんです。」
「なるほどねー、それで、処女で、いられたのかなー、おお、妹さんの顔と全身が、もちろん大学生の姿で、この火星のパソコンのパネルに映っているよ。ほれ。」
バリノは、画面を新太の方に向けた。
そこには妹のが笑顔で自分に手を振っているではないか。つまり動画だ。バリノは、
「これは君の脳内思考を映像化したものさ。確かに綺麗な妹さんだね。」
「凄すぎますよ。でも、これでは妹は救えません。」
「そうだねー、でも、これから、つまりだ、この映像から、君の妹さんの現在の居場所を、つきとめられるのさ。」
「そそっ、そうなんですか。カーナビより、ものすごいです。」
「ああ、いくよ。よし、と突き止めた。」
バリノはパソコンのパネルとは別の場所にある、自分の目の前のキーボードを何か所か押すと、新太が見ている画面には静未が中国の列車に乗って、その周りには屈強な男に囲まれている姿が見えた。
新太は、長く嘆息すると、
「やはり、連れられて行っていますね。もう、駄目だ。」
と呟くように話すと、顔を下に向けた。
やがて静未を乗せた列車は停止し、男三人に囲まれて駅の改札口を出ると黒い車の後部座席に乗せられて、しばらく走ると豪華そうな邸宅の門の前に停まる。一人の男が車を出て、門衛みたいな男に話すと、大きな門は左右に開く。
車は中に入り、中国の家らしい玄関を入ると、男の執事みたいな人物が静未と三人の男を案内する。
廊下の奥まった部屋のドアを開けると、執事は日本語で、
「中へ、どうぞ。」
と静未に促す。
静未がドアの中に入ると、ばた、と音をさせて執事がドアを閉めた。
そこは寝室らしい。大きな窓からは邸宅の庭が見え、池に金魚が泳いでいるのが見える。が、静未には庭の景色など目に入らない。
目の前の椅子に腰かけて座っているのは、六十前の太った男で、その横にはダブルベッドが白いシーツと白い枕を二つ並べているでは、ないか。
好色そうな、その男は、
「よく来たあるよ。あなたのお金、もう払ってるね。それで、あなたの両親、ブラジル、行かないで済む。」
静未はホッとしたが、しかし。男は続けて、
「あなた、ぼくに抱かれるあるよ。そうでないと三億円も払った意味ない。いい女だね、あなたは。」
金持ちらしき男は静未の体を頭の黒髪から、踵のあたりまで舐め回すように見回した。
静未は顔を赤らめて、うつむく。男は、
「服を脱ぎなさい。裸を見たいよ。」
と命令するように言葉を投げる。
静未は、まだ九月の初めらしい薄着を脱ぎ、白いブラに包まれた胸を見せた。男は涎を垂らさんばかりに、
「あー、いー、ある、さんすー、ね。続けて。」
静未は短めのスカートも脱いだ。白いショーツは薄いので、彼女の黒い茂みを映している。
太めのビキニをしていたのだろう、だから静未の下着の上と下には、そのビキニに隠れて日焼けしなかった白い肌の部分が残っている。
男は舌なめずりして、
「日焼け、だったのか、あるよ。焼けてないところ、白い。顔も日焼けしているから、ほんとは、白い肌、いいね。もう、ぼく、むずむずする。その下着も、取って。」
男の声は興奮しているせいか、かすれた。
静未は両親のためなら、と強く思い、ブラを外す。白い果実のような胸が二つ、ぷるんと揺れた。ピンク色の乳首も美的だ。
静未は両手を白いショーツの両端に当てて、すーっ、と膝の下まで降ろし、片足ずつ交互に上げて、ショーツを脱ぎ捨てた。
男の目に見えるのは、日焼けしない静未の胸の部分と、ビキニをしていた下の腰の周り、その白の肌に反して密林のような黒い草のような茂みで静未の大事なものを覆っている全裸だ。
顔をピンク色に染める静未に男は立ち上がると近づいて、抱き寄せようとした、その時!
大きな窓の外には空飛ぶ円盤が現れた。その前部から発された赤い光線は、静未に近づいた金持ちの男に命中し、男は、
「うぐ、」
と声を上げて倒れ、そのまま、起き上がらない。
窓の外を見上げた静未に見えたのは、円盤の窓に顔を見せている兄の新太の顔で、だから思わず大声で、
「お兄ちゃん、円盤に乗っているの?!!」
と声を出してしまった。
不思議なのは、それからマイクみたいなものを持った新太が、
「服を着ろよ、静未。それから窓を開けて、庭に降りて!」
というのが窓が閉まった室内の静未にも聞こえた事だ。
ハッとすると静未は、自分はクモの糸すら纏わない全裸を兄に見せているのに気づき、それでも兄だから少しは落ち着いて下着と服を素早く身に着け、靴を履くと、脚の下まである大きな窓を開け、広い庭に降りた。
円盤は庭に着地していた。前面のところが開いて、兄の新太が立って手招きしている。静未が円盤内に駆け込むと、円盤の開口部は閉じ、兄は、
「助かって、よかったな、静未。これは火星の円盤なんだ。」
驚きすぎたような静未は兄を見上げて、
「どうして、お兄ちゃんが火星の円盤に乗っているの?」
と可愛らしく尋ねる。
「色々な訳はあるよ。さあ、この円盤の主に顔を見せに行こう。」
「火星人なの?その人。」
「そうらしいよ、礼を云わなくちゃ。」
「そうね、なにか、とても不思議だわ。」
兄妹は、バリノ・ユーワクのいる部屋に行った。
ドアが開いたので二人が入ると、静未を見てバリノは、
「おおー、妹さんだね。あの男は死んではいないよ。ただ、半日は気絶している。」
と、なごやかに話す。静未は深く頭を下げると、
「どうも、助けていただいて、ありがとうございます。」
と礼を言うと、バリノは、
「なーに、あんなのは間食前の仕事さ。でもね、兄さんには三億円分の仕事をしてもらいたい。それに金で君を買ったとはいえ、本当にあの中国人は、三億円を支払っているのを、こちらで確かめたので、それは日本にいる私の仲間に連絡して、私から三億円をあの気絶している男の銀行口座に送金は、しておくから。」
静未と新太は、唇も同じ動きで兄妹らしく、
「ありがとうございます。」
と、礼を言った。・・・・
と、ここまで話した火星のバリノだった。
籾山は、
「それが、あの立体映像に映った馬になった新太さんですね。」
と複雑な顔をする。
バリノは気軽に、うなずく。貴美は、
「妹さんは、どうしたんですか。」
バリノは、
「円盤で日本に連れて帰って、降ろしたよ。だから兄が馬と合体した体に、なったのは知らないだろう。」
と、何事でもないように話してみせるのだ。
黒沢は、
「それが三億円の値打ちなんですね?」
と口を挟む。バリノは、
「ああ、でも動物園には五億で売ったしな。二億の儲け、火星の貨幣価値的な額の話だけど。」
と平然としている。
貴美は子供が、はしゃぐみたいに、
「さっきの動物園の続きが、見たーい。」
と言い出すのでバリノは、
「そうだな。続きを見せよう。実は、あの動物園は私の所有なんだよ。」
貴美は、
「すっごーいなー。超、超素敵だわ。」
と合の手を入れる。
自尊心を、くすぐられては火星人も、やはり人間だ。バリノは嬉しそうに、
「次はね、こんな動物は、どうかな。その前に、ここからがビジネスなんだが、真井新太のような人物を日本で、見つけて欲しいのだよ。それを君達、三人に提案する。」
黒沢は、やる気に満ちた顔で、
「いいですとも。福岡には、そんな人間は、いるはずです。見つけて連絡すれば、いいんですね。」
と聞き返すと、バリノは、
「そうそう、君達には火星の携帯電話を、あげよう。それで火星まで届くからね。」
テーブルの下の引き出しの中から、バリノは三台の地球の携帯電話に似たものを取り出して、三人に渡した。
 
 こうして三人は、地球に戻った。絶望した人間を救うために。だが、救われる人間は、その代償として動物との合成を要求される。人畜合成学は特に火星でもバリノ・ユーワクの国で盛んに研究され、医師の副業として人畜園を持つ事が許されている。
DNAの点において、不可能であると地球では考えられている人と動物との合成だが、火星の人畜学では、このDNAを変化させることができる。
医師は医学部卒業までに人畜学を受講する事は、必須ではなく希望によるものである。人畜学概論から始まり、実践法を学ぶ。その際に、医学部では治験者が必要だ。当然のことながら、火星人と動物との合成は法律で禁じられている。
もし、これを破れば医師の免許は剥奪され、冥王星の外側にある地球では未だに発見されない小さく暗い星で、生涯、労役に従事させられるのだ。人畜医師法第六条に明確に規定されるように、火星人と動物との混成は法律違反だ。だけれど、地球人については、
これを問題とせず。と火星の十法全書に記されている。
地球人狩りについても、地球でも狩猟の届け出が必要なように、バリノの国でも許可は必要だ。バリノ・ユーワクは人畜合成のために、地球人を捕獲する事を国から許可をもらっている。
 
 福岡市に戻った三人は、火星で動物と合体させられる人物を探し始めた。
 貴美はホームページを作り、悩み相談、無料で受け付けます、と銘打ったら、メールで応募してきた人物が現れた。
 もう、死にたくなるほどです。彼氏に騙されました。彼の職業はホストをしていましたが、わたしから騙し取った十二億円で、今は海外で遊んでいるらしいです。
 わたしも海外に逃亡したいんです。大企業の福岡支店で経理をしています。不正経理で十二億、彼の指定した口座に振り込みました。
そのうち、必ずバレルと思うの。

推理小説・無料体験版・盗まれた名画の秘密

 春川智明、年齢は三十歳、160センチの小柄にして体重は60キロというと太めの体かと思いきや逆三角形の上半身で背広を着ると着やせするタイプなのだ。
彼は福岡市に探偵事務所を開き、インターネットによる集客で大いに金を稼いだ。ホームページは何という有能なセールスマンだろう!
おかげで春川は宣伝広告費は払わずに済んだのだ。ウェブサイト制作を業者に頼んだのが宣伝経費と言えなくもない。業者の男は、
「春川さん。スマートフォン向けのサイトも作りませんか。お安くしておきます。」
と携帯電話に連絡してきたが春川は、
「それは今のところ要らないよ。顧客は金持ちでないといけないわけだ。年齢もそれなりにいっている男女からの依頼によるものだからね。
ぼくのところにはアクセス解析ではスマートフォンから来ていないんだ。」
「そうでしたか。そういえば、そんな気もしますね。又、よかったらメール下さいな。」
「ああ、何十年先になるかな。」
それを聞いた担当者は絶句したようだ。携帯電話は唐突に切断されたのであった。

 春川は(ああ、浮気調査ばかりだ。しばらく休みたい)事務所の外に見えるのは福岡市南区井尻の湯気の立つような風景だ。それにも彼はウンザリした。
もともと春川は探偵小説に感銘を受けて探偵を志したのだ。しかし、殺人事件を日本の探偵、いや、どこの国の探偵も取り扱うことはないといっていい。
携帯電話にメールが着信された。
開いてみると、差出人は害人三十面相だった。

 ご機嫌いかがかな、春川智明君。
君は浮気調査に飽き飽きしていると思う。だから、吾輩が君を刺激してあげようと思う。福岡市東区にある埋め立て地に新しく美術館ができたのは、ご存じだな?
そこで日本画の巨匠 幻界灘男の展覧会が行われている。吾輩は幻界画伯の名画を見事にいただくつもりだ。
警察に通報するもよし、地方新聞に教えるなり、いや、それよりもはるかに強力な手段、ネットで情報を流すのも結構。
楽しみたまえ、それでは。

害人三十面相より、だよー。
(ふざけた話だが、本当かもしれない。)
と春川は思考した。
幻界灘男は日本画といっても白黒の枯淡な水彩画などではなく、現代日本を描く画家で年齢は七十にもなり、一部の熱烈な崇拝者によって高額な値が美術オークションなどでつき、海外、特にイギリスの美術愛好家の資産家連中の購入意欲を誘う数少ない日本人なのだ。
その絵は神秘的にして宗教的な作品もあり、東京のスカイツリーの上に立つ観音菩薩の姿などが見られたりする。
幻界灘男は福岡県福岡市の出身で東京在住、分譲マンションの最上階に住む。旅行好きで自宅を開けがちなため、以前、戸建て住宅に住んでいた時に盗難にあい描きかけの作品を持ち去られたことがあった。それで今は二十四時間警備付きの分譲マンションに住んでいるのだ。
それ以来、盗難事件は起こっていなかった。幻界灘男の絵は福岡市でも来場者が多く毎日盛況な東区の美術館であるが(田舎というほどではないにしても福岡の美術館だから警備は手薄かもしれない。害人三十面相も目の付け所が、さすがなのかもしれないなあ、うむ。)と春川智明は思うのだが、しかし彼は私立探偵、こんな犯罪予告には興味はなかった。

幻界灘男の展覧会は一階の展示室で行われていた。午前九時から午後五時までの間だが、その日は春川智明に予告された日から一週間経った月曜日、つまり美術館は休日の日。
美術館は警備会社に委託して警備にあたっている。展示会が始まって十日、何事もなく過ぎて、大抵の美術展はそうなのだが、警備員の気も緩んでいる時だった。
警備員は控室でモニターの画面を見ている。二人の警備員は三十代の若い男性、二人とも独身だ。
「退屈だなー。」
「こんなもんだよ。ドラマか映画じゃないから何も起こらないのが普通じゃないか。」
と彼らは話し始める。
「柔道をやってきて女なしの青春、就職難でこの警備会社には入れたけど、事務員は四十代のおばさん。大学は男がほとんどの東京の大学でね。」
と武山は話す。
「そうか、おれも同じだよ。俺の場合は空手だけどな。瓦は二十枚くらい重ねて割れるけど。」
と滝道は答えた。武山は、うなずくと、
「おれもだ。」
「このまま一生を終わるんだろうか。」
「仕事は、それでいいけど。女との出会いはないとねー。」
「空手って女でもやっている人が、いるだろう?」
「それは柔道だって、同じだろう。」
「ああ、でも、あまり好みじゃない。」
「それは、おれもそうさ。」
その時、ドアが開くと若い女性が顔を出した。武山と滝道が武道家らしい目で、その女性を見たが何という美しい顔立ち、長い髪と赤い唇は笑顔を作り、両の瞳は涼やかに黒目が大きい。
「失礼します。わたくし、今日から入館しました江浦(えのうら)みさきといいます。これから、よろしく、お願いします。」
甘く透き通る声だ。身長は百六十センチ弱というところ、当美術館の制服を着ているし胸には館員証をつけている。
二人は武道家らしい構えを解いて雇われている警備員らしき態度に変わると、
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
と口々に挨拶した。
江浦みさきは一歩、部屋の中に進み出ると、
「さっそくですが、幻界灘男画伯の展示中の絵のうち、「観音菩薩の慈悲」を持ち出すことが必要なんです。それは今日一日ですが、画伯からの要請なのです。
ですから、警備の方に了解いただきたいと思いまして。」
「観音菩薩の慈悲」は時価、三十億のもので、東京のある宗教団体から美術館がレンタル料を払って展示会のために借りているもので、今回の展覧会では最高の日本画だ。
アメリカの自由の女神の頭上はるかに高いところに観音菩薩が空中に現れて、右手でオーケーの印を作り、左手は手のひらを上にして前に差し出している構図である。
青紫の靄が観音菩薩の周囲に漂う神秘的な感が見る者の気持ちを惹きつける。

武山と滝道は互いの顔を見合わせると、武山が答えて、
「わかりました。どうぞ、我々はモニターで見ておりますから。」
と笑顔になる。
江浦みさきは胸のポケットからキャンディーの包みの様なものを取り出すと、
「とても香りのよいキャンディーを幻界画伯から戴きましたの。警備の方に、あげてほしいとのことでしたから。」
と話しかけて優しい手つきで二人に差し出す。二人は右手のひらを差し出して、
「いただきます。」
とうれしそうな顔で、そのキャンディーを受け取った。江浦みさきは
「鮮度が大事なキャンディーですの。すぐに召し上がってくださいね。」
ニコリとうなずくと、部屋を出て行った。

江浦みさきは香水とは違う若い女性の持ついい匂いを警備室に残していた。武山は、
「新しい館員さんらしい。毎日、楽しくなりそうだな。」
「うん、このキャンディーも、いい匂いがするな。」
「食べよう。鮮度が大事なんだって、言ってたな。」
「ああ、そうしよう。」
二人はキャンディーの包みを解いて大粒のそれを口に入れた。甘く広がる洋風な味、二人はモニターに向き直った。

二人とも「観音菩薩の慈悲」が展示されている場所のモニター画面を見入る。そこに、もうすぐ江浦みさきが現れるのだ。だが、二人は美人館員の彼女を二度と見ることはなかった。

夕方の六時になった。警備員交代の時間だ。武山と滝道と交代する夜勤の警備員二人は警備室に入ると、
「おい、起きろよ。交代だっ。」
「なんで寝ているんだぁっ。」
と口々に大声で叱咤した。
だが、椅子の上でぐったりとしている二人は目を覚まさなかった。
「しょうがないなあ。おい、起きろよ。」
「いつから寝ているんだよう。」
二人は武山と滝道の肩を揺さぶった。
「死んでいるのか。」
「まさか、まだ体温はある。」
「そうだな。脈もある。」
「救急車を呼ぼう。」
一人が携帯電話で救助の連絡を取った。

武山と滝道は救急車で運ばれていった。
「館内に異常はなかったか、見回ってくるからな。」
「おれは、ここでモニターを見ているよ。」
見回りに出た警備員は真っ先に「観音菩薩の慈悲」を確認しに行った。大丈夫、盗まれていない。壁面に高額の名画は鎮座ましましている。幻界灘男のほかの作品も点検しに回った警備員は何も異常はないのを確認した。

近くの病院に運ばれた警備員の武山と滝道は深い昏睡状態から医師の手当てで五時間後に目を覚ました。二人は意識を取り戻すと、
「なんで眠ってしまったのか。あのキャンディのせいじゃないか。」
と武山が隣のベッドの滝道に慌てて問いかける。
「ああ、そうだ。他に思い当たらないぞ。あの女が・・・大変だ。絵が盗まれているんだっ。」
滝道は右手のこぶしを握り締めた。滝道はベッドわきの携帯電話を取り、会社に電話を掛けた。
「もしもし、滝道です。あ・・・今、気を取り直しました。」
「そうですか。それは、よかった。部長に変わります。」
電話の相手は警備部長に変わった。
「おう、滝道君。とにかく、よかったよ。」
「大丈夫なんですか。絵が盗まれていませんか。」
「いや、異常はなかった。それは直ぐに確認しに行ったそうだ。」
「それは、よかった。ほっ、としました。」
「完全に治るまでは寝ているように、な。」
「はい、でも、もう出勤できます。」
「武山は、どうなんだ。」
「武山も大丈夫みたいですが。」
「それなら、いつ来てもいいぞ。」
電話は切れて、そばで聞いていた武山も安堵の胸をさすっていた。

 翌日の午前、幻界灘男展は平日とはいえ、そこそこの人が入場していたが、目玉の「観音菩薩の慈悲」の前に立ちすくんでいる一人の中年の太った男性が、
声を出した。
「違う。これは本物の「観音菩薩の慈悲」じゃない。」
少し大きな声だったせいか、近くに座っていた女性美術館員が近づいて来て、
「どうか、しましたか。」
と尋ねてくる。
「これは贋物ですよ。私は幻界先生のこの絵を宗教団体に売ったのです。その時、注意深く、まあ、どの絵でもですが、見ていたので贋物は分かるのですよ。」
四十代の女性美術館員の顔は、みるみる青ざめた。眉を寄せると、
「館長に連絡します。」
と言うや近くの警備員に走り寄って話をした。

五分もしないうちに六十代初頭らしき眼鏡を掛けた紳士然とした男性が背広姿で、その場にやってきた。口を開くと、
「≪観音菩薩の慈悲≫が贋物だと、おっしゃるのですね?」
と画商らしき男性に話しかける。
「ええ、間違いありません。」
「よろしい。警察に届ける前に確認した方が、よさそうですな。幻界画伯に連絡しますよ。そうすれば、なによりも確かですからね。」
館長の眼鏡の奥でギロリと丸い目玉が光った。美術館の館長として大事な絵が盗まれたとあっては恥辱の極みとなる。すぐに警察に連絡するのは、とにかく避けた方がいい。
 それに美術品の盗難など警察は何処の国でも本腰をすぐに入れてこない。館長の目から見て本物か贋物かは実は分からなかったのだ。
ということで幻界画伯の登場となるわけだった。

その前に美術館長は警備会社に今一度、館長室に戻ってから電話で警備のことで尋ねてみた。
「最近、特に不審なことは、ありませんでしたね。」
警備部長は即座に、
「ええ、ありませんでした。防犯カメラには不審な人物は映っておりません。江浦みさきさんという新人の館員さんが幻界画伯の【観音菩薩の慈悲】を持ち出されるのは映っていますが、その後、ちゃんと戻していますから。」
館長の表情が変わると、
「江浦などという館員は、うちには、いないのですよ!」
「えええっ、では、その女が・・・でも、戻してはいますよ・・・。」
「うむ。それは・・・。」
贋物だ、と言おうか言うまいかと館長は迷ったが、
「うん、絵はあります・・一応、確認のためです。以後も、よろしく。」
急いで電話を切ると、
江浦みさき、か・・・と館長は心の中で呟いた。
そんな館員は、かつて、いたためしはない。自分が館長になってからは、そうだ。それに新人の館員さん、と警備会社の部長は言っていた。そんな新人は、この美術館には存在しないのだ。

 翌日の朝早く、美術館が開館になると同時に幻界画伯が木製ステッキを携えて現れた。
館長室に職員に案内されて入った幻界に館長は揉み手をして、
「これは、幻界さま、お越しいただき恐縮です。」
と云うと立ち上がり、
「さっそくですが、「観音菩薩の慈悲」を見ていただきたいのです。どうもわたくしの勘では贋物とすり替わっているような気がします。」
「なんだと!ちゃんと管理しておるのかっ。とはいえだな、あの絵は既にワシの所有物ではないのだ。画商に売っておるのだからな。」
ステッキを振り上げて仁王立ちの画伯は、怒りの顔の後は平静に戻った。そしてポツンと、
「連れて行ってもらおう。ワシなら、すぐに分かる。」

館長と女性職員、そして幻界画伯はまだ客のいない「観音菩薩の慈悲」の前に移動した。
名画の前に近づいた画伯は、
「おお?これは贋物じゃ。よく似せて描いておるが、紫の光は微妙に違うし、観音様の目などワシほど丁寧に描写しておらん。館長さん、あんたのご指摘通り、これは贋物じゃよ。」
幻界画伯は呆れた顔をした。それから、
「つまりは盗まれたのだね、君。」
「ええ、そうなります。」
「そうなるとは、なんだ。警察に届けたのか。」
「いえ、まだでございます。」
「どうするつもりか。」
「警察に届けるのは却って危険かもしれません。まだ犯人からの要求も、ありません。」
「犯人の要求通りにしないと、む、燃やされるかもしれんな。」
「そういうことも考えられます。」
「では待つか。要求を。」
「そうするしか、ないでしょう。」
そこへ警備員が駆け付けると、
「館長、犯人らしき人物から警備室のパソコンにメールが来ました。
なんでも害人三十面相とか名乗っているのですよ。」
「なに?害人三十面相、前に高宮の宝石店から宝石を盗み出した事件が、あったのを覚えている。」
警備員も、
「それは私も覚えております。あの事件の後、うちの警備会社で営業に行って今ではそこをうちで警備しております。」
「ふふん。そこも大丈夫かな。ここは、やられたではないか。」
警備員は返答に窮した。
幻界画伯は不満そうに、
「とにかくな。この贋物の絵は外してくれ。これがワシの絵だと思われれば目のある人たちは奇異に思うからな。」
と抗議したので館長は、
「は、直ちに取り外します。おい君、この絵を取り外すんだ。」
と駆け付けた警備員に指示した。

展覧会の一番の注目品は取り外されて、そこには
「調整中」
という張り紙が張られた。

その日の午後一時に美術館に電話があった。それは盗まれた絵画の建材の所有者である宗教団体の幸福霊会からだ。
四十代の男性の声が事務室の電話に、
「幻界さんから聞きましたがね。おたくに貸している「観音菩薩の慈悲」が盗まれたそうですな。」
電話に出た女性事務員は、
「館長に、おつなぎします。お待ちください。」
それで電話は館長に、
「もしもし、お電話変わりました、館長の・・・。」
「絵が盗まれたそうですねえ。」
「はい、申し訳ありません。必ず、取り戻しますので、ご心配なく。」
「あの絵が展覧会終了後にないと、ちと困るのですよ。ニューヨーク支部に持っていく予定なのでね。」
「あと十日あります。必ず取り戻します。」
必死に懇願する館長の言葉に何の反応もなく電話は一方的に切られてしまった

体験版・sf小説・未来の出来事1

 20xx年の春、福岡市の博多区東那珂(ひがしなか)にある自社ビルの最上階にある社長室に一人の青年が訪問してきた。室内には男性社長で年齢は五十代、が一人、ノートパソコンに向かっていたが、
「や、そこに掛けてくれたまえ。いい話って、どんな内容なのかな?」
と、にこやかな笑顔をその背の高い痩せた青年に振り向ける。
(なんだ、フルフェイスのヘルメットじゃないか。顔が見えない・・・)
が、しかし、そのうちにそのヘルメットを外すだろうと思うと、
「社長の鬼沢(おにさわ)です。名刺を差し上げましょう。」
白色の大きなデスクの上にある名刺入れの中から金色のカードを取り、応接テーブルのソファの近くに立っていた青年に近づくと、
「座っていいから。」
と着座を勧めると同時に金箔の名刺を青年に手渡した。
それを両手で丁寧に受け取ると青年は、
「社長から、お座りください。」
とヘルメットの中から柔らかな声を出した。
社長の鬼沢金雄は気分よく、
「今時、珍しいね。じゃあ、お先に、失礼して、と。」
弾力性のある茶色の革の高級そうなソファに深々と腰を降ろした。
青年は貰った名刺を胸ポケットに入れると、ガラスのテーブルを挟んだ社長の前のソファに、ゆっくりと座った。その座り方が、というか動作が機敏で直線的な感じだと鬼沢金雄は感じたものだ。
(運動神経がいい活発な若者なのだろう。まだ、ヘルメットを外さないようだが、それに気が付かない筈はないと思うが・・・ハテ。)
ヘルメットをかぶったまま、青年は行儀よく両手を両膝の上に並べて置いて、かしこまっている。鬼沢は少しイライラして、
「君さあ、頭の上のものを取りなさいよ。それ。」
「え?頭の上には何もありませんけど。」
「かぶっているものが、あるだろう。忘れてしまったのかね、それ。」
「何でしょうか、それは。」
鬼沢の眉間に針が刺さったように見えると、
「フルフェイスのヘルメットだ。それに、君。僕が名刺を渡しのだから、君の名刺も貰えないかな。」
と努めて落ち着いた感じで説諭した。
「名刺は、お渡しします。申し遅れました。わたくし、株式会社夢春(むしゅん)の営業一課、時・流太郎(とき・りゅうたろう)と申す者で御座います。」
と申し出ると、財布から名刺を出して鬼沢に渡した。その名刺にはメールアドレスとウェブサイトも記載されている。
時・流太郎は頭に手をやると、
「すみません。ヘルメットをかぶったままでした。失礼しました。」
と慌ててヘルメットを外すと、隣のソファに置いた。
美青年、時・流太郎であったのだ。と鬼沢は思った。彫りが深く鼻が高く目は二重瞼にして黒目も大きくて色白なのだ。彼は営業マンらしく続けて、
「このヘルメット、とても軽くて、それにプラスチックが透き通って、よく見えるんです。それで、ついかぶっているのを忘れてしまって、すみません。言い訳にしか、なりませんけど。」
「そうだったのか。フルフェイスのヘルメットは重そうに見えるから。まあ、いいよ。株式会社夢春(むしゅん)・・・ああ、あのサイバーセキュリティの会社。だったよね。」
「はい、ご存知だとは思いませんでした。当社は、それほど知名度もありませんから。」
「サービス内容をウェブで見させてもらったよ。うちも顧客の情報を管理しているものだから、セキュリティ対策が必要なんだ。」
「それでは弊社のサービスに関心を持っていただけたわけですね。」
「ああ、だから来てもらったんだ。」
「ありがとうございます。こちらはロボットと人工知能の製品の開発と販売をしておられる、のですね。」
「ああ、そうだ。ロボットといっても昔のように大きなものじゃなくて、手のひらサイズのものもある。妖精、まさにそんな感じだよ。
明日、発表するけど。」
その話に時・流太郎は嬉しそうに驚いた。つやのある若い唇を開いて、
「革命的ですね。手のひらサイズのロボットなんて見たこともないです。」
「世界初だよ。これを発表すると注文が大殺到するはずだ。」
鬼沢金雄のデスクの上には、その妖精ロボットとも思われるものが置いてあるように見えた。可愛らしい少女と老人の妖精が、それぞれ一体ずつある。そこに時・流太郎の目線は移動していたのだ。
時・流太郎は考えるのだ。この会社は今より遥かに巨大になる。ならば・・・。しかし落胆気味に、
「御社サイバーモーメント様は非上場でしたか。」
「そうだね。そのうち、したいと思っているがね。ロボットは開発に時間が掛かるんだ。それまで株主の方に迷惑をかけることになるからね。」
 「そのためにもサイトのセキュリティーは必要で、ございます。」
「なるべく金は、かけたくないんだが?」
時・流太郎の頭の中にはサイバーモーメント社長、鬼沢金雄の資産額が頭の中に入っていた。その額は何と、今の時価にして三千億円はあるのだ。なんとケチな男だろう。ま、金持ちは大抵、ケチなものだが。
「もちろん、最初の三か月は無料に、させていただきます。」
「なんと、三か月も!」
「ええ、それと今回のご契約記念に外付けHDDをプレゼントします。」
時・流太郎はビジネスバッグの中から小さな箱を出して鬼沢に差し出した。鬼沢は満足げに受け取り、
「ありがとう。あ、お茶も出していなかったな。」
携帯電話を取り出すとプッシュして、
「美月(みつき)クン、お客さんだ、ブラック・アイボリーを持って来なさい。」
「はい、社長。いますぐ、お持ちします。」
と若い女性の綺麗な声がした。
時・流太郎はブラック・アイボリーって何だ、と思っていると、社長室の部屋の奥のドアが開いて、高級な金属プレートに湯気の立つコーヒーカップを二つ乗せた若いスラリとした美女が笑顔を浮かべて出てきた。
二人の前のテーブルに、しなやかな手つきでカップを並べると、深々と頭を下げて向きを変えて元の所へ戻っていく。
時・流太郎にはコーヒーの香りより美月なる秘書らしき女性の美フェロモンのような匂いが頭に痺れをもたらしそうだった。時は平静に戻ると、
「ブラック・アイボリーって、コーヒーだったんですね。」
「そうだよ。さ、飲みたまえ。」
はい、いただきますというと時はコーヒーカップを口に持っていき、おいしいですね、と舌で味わう感触を楽しみながら答えたら鬼沢は、そうだろう、それもそのはずさ、ゾウの糞からつくられるのだから、ブラック・アイボリーは、と受ける。ええっ、そんな・・と時は一瞬、吐き気を感じてしまうかと思いきや、それは起こらなかった。しかし、なんとなく眠くなってきたような気がする、おかしいな、昨日はよく眠れた筈だが、どうした・・・ううん。
 
 時は、やっぱり眠ってしまったのだ。仕事に来て眠ってしまうなんて、と頭に思いがするが何と、ベッドの上に寝ているではないか。鬼沢の前に座って寝てしまったのではなく、それに、嗚呼!眼の前にはなんと赤いマイクロビキニの美女が長い美脚を見せて時のベッドの傍らに百合の花のように姿を見せていた。
そんな、これは夢だろう、ベッドはともかく水着の美女なんて。サイバーモーメントに、おれは営業に来たんだ、社長室で高級な牛の、いや、ゾウの糞のコーヒーを飲んでいたのに、うむー、まだ、夢の中なのか、これは、もしかしたら、そうかもしれない、いや、そうだ、夢の中だ、試しにほっぺたを抓ってみよう、
と右手を持っていくよりも早くビキニ美女の右手が伸びてきて時の頬を細長い人差し指と親指で軽く抓ったのだ。
痛い、でも軽い痛みだな、としたら、夢ではない。
美女は時に顔を近づけて、
「今、右手の指でほっぺたを抓ろうとしたでしょ?だから、あたしが代わりに抓ってあげたの。痛くなかった?」
と心地よい美声で問いかけてくる。
「少しね。でも、気持ちいいな。こんな風景は。」
「何が気持ちいいの?」
「心、でしょう。体も、そうかな。」
「だったら、起きたら?あなた、仕事をしにきたんじゃ、ないのかしら。」
「そうだったね。あなたは美月さん?」
「いえ、違うわ。舞山舞子って、いいます。これでも、ここの女子社員なの。」
「その格好でえ?何の仕事をしているの?」
「接待です。」
「はあ、枕営業もするのかな。」
「失礼ね。そんなこと、芸能人じゃないし、するわけないでしょ。サイバーモーメントでは、そんな事は、していません。」
「失礼いたしました。」
時は起き上がるとベッドから立ち上がり、
「ゆっくりさせていただいて、申し訳ありません。やっぱり、コーヒーを飲んでから寝てしまいましたか。」
「それは知りませんけど美月さんに呼ばれて社長室に行ったら、ソファに眠っているあなたが、いた。鬼沢が、この部屋に寝かせておくようにと命じましたので、わたしがあなたを担いで、このベッドに寝かせたんです。」
「すみませんねえ。急いで社長とお話の続きをしなければ、いけません。」
「あら。もう夜の十二時だわ。鬼沢は退社しました。午後六時に。」
時の心臓は中心から矢が突き抜けたようだった。
「それなら、ぼくもここを失礼しないと・・・。」
「あなた、車で来たの?」
「いえ、タクシーですよ。」
「タクシーは呼べば来るけど、鬼沢は時さんを会社に泊まるように勧めてくれって、言いましたの。」
「で、へー。泊っても、いいんですか。ここに。」
「社長が勧めているんだもの。泊りませんか。」
部屋はビジネスホテルのツインぐらいあり、会社の中の部屋というより、そう、ビジネスホテルの部屋みたいなのだ。おまけにカーテンは赤いし、ベッドは・・・おーう、ダブルベッドなのだよ。
時は床を見た。すると床の絨毯も赤色のふさふさした高級感が床から湧いてくるみたいな色をしている。カーテンは閉じられていて、時が部屋の中を見回すと風呂もトイレもビジネスホテルの部屋のようにあるらしい。顔を少しこわばらせた笑顔で時は、
「確かに泊まれそうですね。」
と、うなずいてみせた。
「なら、泊まって行ってください。」
赤いビキニの舞山舞子は両手を豊かな腰の上の細いクビレにあてて、誘うのだ。
彼女も女性にしては背の高い方だが、時の頭より低いところに彼女の頭はあるし、見下ろす形になるとマイクロビキニだからメロンみたいな白い大きな胸のふくらみが大きく視界に飛び込んできた。
舞山舞子の両目は大きく睫毛は長い。それも上から見下ろすから、よくわかる。彼女の濃いピンクの唇は両端が上に向いて、右ほおに笑窪が出ている。
 髪の毛は細い肩の下まで長く、苺のにおいがする。それに二十代前半のような彼女は、色白だ。細面の顔にしてはビキニは破れそうなほど膨らんでいる。
 ソレニ夜の十二時ナノダ。時は考えた。もしかして、これは接待で、しかも・・・しかし、彼女はさっき、枕営業はしないといったなあ。鬼沢社長は、そんなことをしないと思う。社長の家族関係は愛妻と娘が二人、息子が一人のはずだ。いや、それは妻が、いようといまいと枕営業を戦略的に用いる社長もいるだろう。そうではなくて、鬼沢氏の家庭は円満で浮気もしたことがなく、又、この会社に関わった人たちの話では枕営業らしきものは浮かび上がってこないのだ。
でも、だ。こんな赤い水着の美女を差し向けるなんて、一つの誘惑であって、おれがそれに乗るのを待っているのかもしれない。
そうだとしたら、そうしたら、鬼沢氏にどういう得があるのだろう?
値引き?無料の延長、株式会社夢春(むしゅん)との関係を有利にする、
まさか、女と一晩を過ごしたおれを脅す・・・、そうなのか?それなら舞山舞子は、ここに泊まって行くために来たのか。
「舞山さん、でしたね?舞山さんも、これからここに泊まってくれるのですか。」
舞子は、ふふ、と小さく笑うと、
「あら、誤解だわ。でも、ここは五階ですけど。わたしは、あなたが眠るのを見届けたら、出ていきますわ。さっきも申したでしょ、わたし、枕営業はしません、と。」
「そうでしょうね、そうですよ、いや、そうに違いないと思っていました。でもねー、いまさっきまで寝ていましたから、なんだか眠くないんですよ。どうしたら、いいのかなあ。だってさー、舞山さん、あなたはー、ぼくが眠るまでここを出ていかない訳じゃないですかー。だとしたら、舞山さん、ぼくが眠らなければ、あなた、ここに、ずっといる、わけ、で・す・ね。」
 舞子は謎めいた微笑みで、でもそれはモナリザの微笑とは全く違う分かりそうな謎めいたもの、
「そうなりますわ。社長命令ですもの。わたし、入社して二年。二十歳です。」
「ほ。はたちですか。そいつは、いいなー。新鮮ですよ。」
「あなたも、お若いのに、ね。」
「ぼくは三十超えていますよ。」
「奥さんは、いらっしゃらないのですか。」
「いません。独身です。」
「まあ。モテそうですね。色男そうですし。」
「いえいえ、全然、モテません。ですから、仕事一筋で。」
「彼女も、いないのかしら?」
「いるには、いるんですが。今、東京に行っています。」
「どんな、お仕事をされていますか。彼女。」
「やはり、同業ですよ。しかもライバル会社だったりして・・はは。」
「それは、それは。まるでロミオとジュリエットね。」
「そこまでのことは、ないと思います。」
はっ、と気づいたように舞子は勧告した。
「少なくともベッドに、おかけになって。時さん。」
「では、失礼します。」
その時、部屋の照明が白色からピンク色に変化した。それは時の視覚に舞子をより魅惑的に見せる効果が多大なるものとなったのは、いうまでもない。
でも、ベッドに腰かけた時は、
「舞山さんも、腰かけませんか。立ってばかりじゃ、きつくありませんか。夜の十二時ですよ。」
と言ってみる。
「わたしは立ったままで、いいのですよ。仕事ですものね。」
時は困惑したが眠くならないので、この女子社員の前で寝てしまうことはないだろうと思った。
「ぼくは、これから一晩中眠らないかもしれない。そしたら、あなたは一晩中、立っているのですか。」
「そろそろ疲れましたわ。交代できますもの。うちは、こういうことのための社員が大勢、いるんです。サイバーモーメント接待課に所属しているんです、わたし。課長は社長秘書の美月美姫(みつき・みき)が拝命しておりますの。」
時は株式会社サイバーモーメントには、そんなものまであるのを知らなかった。
薄い水着の舞山舞子は何かを聞いている顔になった。彼女の左の耳にはイヤリングがついているが、それは骨伝導の携帯電話で通話のみのものである。が、時はそれに気づかない。舞子は姿勢を正し,両美脚を膝をくっつけて立つと、
「はい、わかりました。すぐに、やります。」
と誰かに答えている話し方だ。
時は不可思議そうに舞子を見ると、
「独り言かな。今のは。」
「違うわよ。耳のイヤリングは携帯電話なの。美月課長から電話があって、・・・それじゃ、わたしはこれで。」
美的誘惑的曲線を持つ柔らかな赤いビキニの尻を舞子は時に見せると、そのビジネスホテル風の部屋を静かな風の様に退出した。
一人にされてしまった時は、社長室にコーヒーを持ってきた美月が夜の十二時の今でも働いているらしい事や接待課などを考えてサイバーモーメントは凄い会社なんだなと思ったのだ。それでもだ、明日は休みではないし出社しなければならない。とは言っても自分の会社、株式会社夢春(むしゅん)は福岡市東区にあるから、それほど慌てなくてもいい。
誰もいないと時の頭の中に交際中の彼女、城川康美(しろやま・やすみ)二十一歳、身長158センチ、ロングヘアでBWH(バスト・ウエスト・ヒップ)は、84、58、87の姿態が浮かんでくる。今どきの女性としては固いというか手を握らせてくれただけでキスもまだ時は彼女にしていないのだ。それというのも務めている会社がライバルであるという要因もあるわけだが、専門学校ではクラスは隣りで同じではなかったのだ。卒業するまで時は度々、彼女を見た。それも時は学生ではなく専門学校の講師として、である。舞子に三十過ぎと話したように、その頃の時・流太郎は二十代の終わり頃で城川康美が卒業するころに学校の講師を辞めて株式会社夢春(むしゅん)に入社したのだ。城川康美が学校で見れなくなるのが寂しいというのも、その理由の一つではあるのだが、株式会社夢春の社長も時が教えていた学校の卒業生で、時よりも三つ年上の男性で新しくサイバーセキュリティの会社を打ち上げる、というか立ち上げるので人材を募集していたのだ。専門学校に訪れた株式会社夢春の社長、籾山松之助(もみやま・まつのすけ)は講師・時・流太郎に教員室で話しかけてきた。
「ぼく、今度サイバーセキュリティの会社を作るんだけど、人材不足なんです。興味、ありますか?」
いきなりなので時は心にさざ波が立つのを胸に覚えたが、
「興味ありますよ。とっても。」
と即答したのである。籾山松之助は線の様に細い体に優男(やさおとこ)の面立ち、平均身長に少し届かないくらいの背丈、灰色の背広を着てネクタイをせず、髪は短く七三分けで、その時の答えに満面・虹の様な笑顔を浮かべると、
「よかった。仕事が終わったら中洲に行って飲もうよ。又、来る。いつ、終わるのかな、仕事は。」
とソフトな感じで聞いてきたので時は退校時間を籾山に伝えると、
「分かった。それでは、その時に。」
右手を挙げると籾山松之助は静かな教員室をカツカツと秒刻みの時計のように出て行った。
そのインターネット関連も教えている専門学校はJR博多駅の北側にあり、近くには広い森林の公園があってサラリーマン及びサラリーレディの昼の憩いの場でもあるその公園の専門学校の玄関に面したポプラの木の下で籾山松之助は退校してきた時・流太郎に又、右手を挙げると、
「おーい、時くーん。」
と親しげに呼びかけたのだ。
「あ、籾山さん。お疲れ様です」
時も知らず知らずの、そのまた知らずのうちに笑顔になると籾山のところに行くために駆け足で学校の玄関前の白い階段を下りて行った。
博多駅から中洲までは福岡市営地下鉄を使うのだ。随分前だが、博多駅の近くの道路が工事中に陥没したことがあり、修復が早いということで世界中の話題となったことがあったのは二人が歩いている場所から、そんなに遠くはないところにあるのだが、博多駅付近は低地帯で御笠川という川が博多駅の東側に流れている、これが氾濫すると通行人は膝近くまで冠水した道路を通勤しなければならなくなる、その事態を改善するべく御笠川の川底の土を掘り、それを除去する工事なども行ってきた。
それらは今では遠い昔というほどでもないが、今、乙な事にその御笠川に降りて水上バスともいえる乗り物が頻繁に出ていて、そこから北に向かって博多湾に出ると西に向かい、天神という福岡市の最大のショッピング街の東側を流れる那珂川の河口に辿り着くと、それから水上バスといえる船は南下して左手の川沿いに並ぶラーメンの屋台が見えると、そこはもう歓楽街・中洲だ。そのあたりに水上バス船が停泊する場所がある。次の停泊地は対岸が西中洲で、ここからは西に歩くとデパートの立ち並ぶ天神に歩いて五分ほどで到着する。
 二人は、その御笠川に浮かぶ水上バスに博多駅の東から歩いて行って乗船したのだった。平日は祝日より乗船客は少ない。快晴の空は雲一つない。真青な空の色は一色だけで誰があの青の色を決めたのだろうか。神様なのか、そんな馬鹿なことはない単なる自然現象だから、それは偶然にそうなったのだと答える人も多いだろう。でも、本当にそうだろうか。人生に起こることは全て偶然のなす業、なせる業なのか。時・流太郎もインターネット関連の専門学校に入学し、そこの講師となっていたから籾山松之助との出会いがあった。それで今までの生き方を変えて専門学校の講師からIT関連会社に身を進めようとしている。空の色は、そんな彼を祝福しているかのように見えた。
水上バスは御笠川から那珂川に移り、まだ営業を始めていないラーメンの屋台が見える船着き場へと滑り停まった。
籾山松之助がサイバーセキュリティの世界に興味を持ったのは「情報モラル・セキュリティコンクール」だった。彼は標語部門で最優秀賞を取ったわけではないが、いいところまで行った。これが重要であるのだ。最優秀賞を取ったら籾山は満足してしまって、それ以上進まなかったかもしれない。
小学校五年の彼は同学年の男子生徒が最優秀賞を取ったのを知ると、
よーし、標語なんかよりセキュリティーを勉強してやる、と一念発起、発奮したのだ。NISC,IPA、の事も知った。NISCとは内閣サイバーセキュリティセンターで、IPAとは独立行政法人情報処理推進機構のことだ。アメリカが日本の同盟を破棄した時、アメリカの某機関が日本のインフラを破壊するべく、そのようなウイルスをセッティングしていると暴露した元情報部員の人が、その人はロシアに亡命した。だが、現在、それは20xx年に至っても行われていない。
もし、そのようなことがあったとしたらIPAは、それを防げるのだろうか???
サイバーフォース、これは警察庁にあるサイバー攻撃対策の部門でサイバーフォースセンターは昼も夜も警戒中だ。
サイバー防衛隊、これは自衛隊にある部署。防衛省と自衛隊のネットワークを守っている。
NICT、国立研究開発法人情報通信研究機構は東京都小金井市にある。
コンピューターシステムNICTERでサイバー攻撃を分析、研究等々を行っている。2014年には日本へのサイバー攻撃は256億件にも昇っていた。
JPCERT/CC、一般社団法人JPCERTコーディネーションセンターはサイバー攻撃が起こったという報告を受けて対応している。インターネット上にセンサーを置いて観測する組織だ。
 籾山はセキュリティ・キャンプ全国大会に参加しようと中学生の時に思ったのだが家庭の事情でその望みは叶わなかった。これも後になって籾山のサイバーセキュリティに対する情熱の炎に一層の油をそそぐことになったのだ。
NICTERのウェブサイトでは動画としてサイバー攻撃が日本に対して世界のどこから向かってくるのかを公開している。ATLASでは沢山の小さな切れた線の形で攻撃が日本に向かってきているのが目で見える。
CUBEという形でも見ることが出来る。拡大、縮小、回転させて見ることも可能だ。ダークネット、即ち到達可能で未使用のIPアドレス空間のこと、ここにパケットが送信されていて、これらにマルウェア感染をねらったものなどが存在する。
これも少年時代の籾山には刺激を与えた。
 
 中洲にある二十階建ての雑居ビルには飲食店や居酒屋、スナック、バー、が入店して深夜まで人の出入りの流れは止まることがない。商談にビジネスマンが利用するので日曜、祝日より平日の方が、こちらは水上バスよりも混み合っている。籾山松之助は時・流太郎を最上階にあるインターネット居酒屋「ネットで、お酒を」に連れていく。ここは個室、二人部屋、四人部屋、宴会広間と部屋が豊富でインターネットを見ながら酒が飲めるというものなのだ。日本風の入り口を開けると着物姿の若い美女が一人、立っていて、
「いらっしゃいませ、ようこそ、おいでくださいました。どちらのお部屋になさいますか。」
とニコヤカな笑顔を二人に差し向けた。籾山は、
「二人部屋に案内してください。」
「かしこまりました、こちらへ、どうぞ。」
二人は六畳間位の洋室に、廊下も日本風だったが、中は洋風で緑のカーテンが閉じられずに窓の両側に対峙している、その窓は曇りガラスだ。部屋は小さな照明だけで十分に明度の高い環境となっている。横長の高級オフィスデスクのエンベロップデスクの上には二台のノートパソコンが距離を置いて並び、その前には座り心地のよさそうな高級チェアが存在感を二人に訴えた。どちらもヘッドレスト付きのハイグレードなものだ。頭まで椅子に寄りかかれる訳だ。
そのデスクの右端にスピーカーがあって、二人が椅子に座ると、
「メニューの御注文は、スピーカーの青のボタンを押してから、お話しください。」
と、さっきの受け付けてくれた女性の声がした。
成程、デスクのスピーカーの横にはメニュー表が、あった。籾山は、メニュー表を取ると左に座っている時に、
「注文は何か好みが、あるかい。」
「いえ、特にありません。社長が決めてください。」
「よし、わかった。う?海老と蟹、和牛に鯛の鍋と最高級うなぎの蒲焼きにワインのセットにしよう。」
「ワインなんて、とても高価なものがありますね。それは社長だけにしてください。」
「ハハハ、DRC・ロマネコンティなど頼むのじゃないからね。ワインは安いのにしておくよ、だから君も飲め。」
「はい、安心しました。いただきます。」
籾山はスピーカーの青のボタンを押して注文した。応答は、又さっきの女性の声が籾山の注文を復唱して、
「それでは、おまちくださいませ。」
 
籾山は時の方を椅子を回転させて向くと、
「この店も大手明太子メーカーの子会社で、だから海産物は安く食べられる。その明太子メーカーのサイバーセキュリティを受け持つことになったんだ。それで商談の時、この店に連れられてきてね。
契約が成立した。まずは一年、よければ、ずーっと、という回答だった。嬉しかったね。」
「それでは、それが初仕事というわけなのですか。」
「そういう事になる。この一社だけでも、凄いものがある。当然ながら、その明太子メーカーのホームページには、この店のウェブサイトもリンクされているから、それにこの店もネット通販対応で顧客情報もあるわけだろう。クレジット決済にも対応している。もっともクレジットカード決済は決済会社に任せれば、いいわけだけど、
顧客の住所、氏名、電話番号、それに任意ではあるが年齢、職業、好きな食べ物、好きな飲み物、誕生日まで情報を記録している。
特に誕生日を記入してくださった、お客様には誕生日にポイントをプレゼントするというから、誕生日まで記入する顧客も多いそうだ。」
「それは大変な情報ですね。狙われるのですか、その情報が?」
「何度かDOS攻撃は、受けたらしい。が、情報は盗まれなかった。それでもサーバーはダウンしたらしいから。サーバーダウンでウェブは見られなくなるし、その隙に顧客情報を盗み出そうという魂胆なのかもしれないが。
それでサイバーセキュリティの会社を検討していた矢先、白羽の矢を僕の会社に立ててくれたのさ。」
「よかったですねー。運より実力ですよ、社長の。」
「まあ、そう、おだてなくてもいいよ。少年の頃からの夢だったからね、こういう会社を作るのが。」
「僕の様な人間でも、お役に立てますか?」
「もちろんだよ。君も学校でサイバーセキュリティについて教えているじゃないか。どんな新人よりも頼もしいものだ。」
その時、二人の耳に、
「お待たせしましたー。」
と受付の時の女性が細い両手に大きなプレートを持って高級料理を持ち来ったのだった。
 
 
 時・流太郎が籾山社長と会食している時に、時が恋人だと思っている城川康美は別の会社の社長と時達がいる同じ中洲のビルの最上階の別のレストランで会食していた。
その会社は、やはりサイバーセキュリティの会社であり、株式会社夢春より古参の大手、株式会社ネットダイヤモンドだ。
 社長は六十代初めの太った男で赤ら顔の汗が出やすいタイプ、城川康美を前にしても時々、背広の上着のポケットからハンカチを出して汗を拭いてる。こちらの会食は種類はなしで、その日のサービスメニューのものというからケチな社長らしい。その社長が城川康美にテーブル越しに名刺を渡して、
「今月大治(いまつき・だいじ)です。城川さんはシステムエンジニアとして採用しますが、サイバーセキュリティの方も頼むかもしれない。」
城川康美は渡された名刺を覗くと、顔を上げて、
「わたし、インターネット関連の仕事なら何でもやります。」
とキッパリと答えた。
「ほう、それは頼もしいな。そういう人を待っていたんだ。わたしの秘書にしたい位だが、秘書は福岡市内の某大学のミス・キャンパスだった女性が、まだ辞めないのでね。城川君は、その秘書と比べても美しいよ。」
「まあ、わたし、自分では美しいなんて思った事、ないです。」
「そういうもんかな。大体、世間の奴らは間違っていて、美人は能がないなんて思っているのがいるらしいが、そんなことはない。実際、ワシの人生でも美人社員がどんなにワシを助けてくれたことか。ま、わたしのカミさんは普通の下膨れの女なんだけどね。
だったりするから、わたしが城山君を美人と褒めたからと言って警戒する必要はないんだよ。
仕事が出来る有能な社員だと思うんだな。」
「がんばります、わたし。」
青春の希望が溢れた答え方だった。
 
 この株式会社ネットダイヤモンドと株式会社夢春は同じ福岡市東区の埋め立て地、アイランドシティにその居を構え、建物もお互いすぐ隣にある。
であるが、時・流太郎と城川康美は入社して一か月、まだ顔を合わせていないのだった。それは通勤途次の事であるけど休日も出社となった二人は、休みの日も会っていないのだった。
 勤務場所に近い西鉄香椎駅前のマンションに城川康美は引っ越して一人暮らしを始める、というのも彼女の実家は福岡市ではなく北九州市というから電車通勤する人もいるし新幹線で通勤、通学する人もいるけれども、株式会社ネットダイヤモンド社の寮というそのマンションに入り、家賃はタダという特典付きだ。その代り、というわけか休日出勤、サービス残業はありで社長の今月大治は、それなりに元を取る男なのだ。そのマンションの名称がダイヤモンドマンションといい、所有はネットダイヤモンド社のものとなっている。
七階建てだが城川康美の部屋は一階でベランダの外は狭いアスファルト舗装の道だから西鉄香椎駅で乗り降りする乗客が多く足を運んでいく。
臆することのない彼女は洗濯物もベランダに干すのだが、下着は内側に掛けて通行人には見えないようにした。
 さて、そのダイヤモンドマンションの隣のマンションがモーメントマンションという。
ここは五階建てで、その三階の部屋が・・・と駅前の不動産会社の女子社員が空室物件を探しに来た時・流太郎に、
「空室がありますよ。」
と笑顔で紹介するので、
「見に行きたいです、その部屋。」
と時は身を乗り出して、うなずくのだ。
「それではご案内しますわ。車で行きましょう。」
その不動産会社の裏に駐車場があり、数台並んでいる不動産会社の社名が自動車の側部に記されているものの一台に女子社員は近づくと時に、
「後部座席に乗ってください。」
と促して、自分は助手席に乗る。
時は自動で開いた後部座席に乗り込むと、運転手は後から来るのかな、と思いきや、後部のドアが閉まると同時に自動車は発進したのだ。
自動運転車だったのだ。いまだ普及は進んでいない自動運転車後進国の日本であるから時は驚いた。助手席に座った不動産会社の女子社員はフロントパネルのスイッチを押すだけだった。時は、
「目的地はカーナビですかねえ。」
と聞いたら、
「IOTですよ。さっき車内からパソコンでモーメントマンションを目的地に入力したんです。この車は無線ランが搭載されていまして、インターネットも繋がります。
ですからカーナビは要らないのですわ。」
と余裕綽綽(しゃくしゃく)と後ろを向いて話すではないか。
少し唖然とした時ではあったが、モーメントマンションでは更なる驚きが待っているのだ。
モーメントマンションも駅前にあるのだから車では五分も所要時間を要さないものであるわけで、モーメントマンションの広い駐車場には外来用の車を停める空間も広くあるから時達の自動車は縦列駐車も自動で行われた。
 モーメントマンションの外壁は緑色という珍しい色だ。玄関から入るとオートロックの集合玄関があり、右手に管理人室があって、
時が見るとその管理人は、どう見てもロボットだ。
これも全国的には普及は遅く、福岡市で、いち早く始まっている。それでもロボット管理人はモーメントマンションが第一号だろう。
実はロボットは作られていても購入費用が高額なため採用を見送っているマンションオーナーやマンション会社が圧倒的だったのだ。
ロボットとはいえ長い髪の毛で女性型ロボットなのは、このモーメントマンションはワンルームマンションで独身男性が多いためだろうと思惟できるのではないだろうか。
 時がロボットと見抜いたのは彼が鋭い観察眼を持っていたからで、一見するとマネキンかと見える雰囲気もある。さすがに人間の若い女性と見間違わないのは、その静止した様子にある。人間なら座っていても何処となく動いているもので、機械にはそれはないのだ。
ところが、である。
 その若い女性、に見えるロボット管理人は玄関のガラスの第一の扉を手で開けて入ってきた二人の方を顔を向けて見た、のである。
 その目たるや人間のものと変わらない外見で、義眼などは昔から優れたものがあったので、さして驚くにあたらないが秀逸なのは顔の振り向け方が優美でF分の一の揺らぎのような直線的ではない若い女性らしい顔の向け方であった。
更に、だ。管理人室の前に立った二人を見て、そのロボットは微笑みまで浮かべたではないか!
不動産会社の女子社員は、
「空室を見たいお客さんです。303号室のカギをお願いします。」
と申し込むと、その女性ロボットは、
「かしこまりました。」
と自動音声の女性の様な声を出して、管理人室内から鍵を持ち出して来て女子社員に手渡した。
見事な動作であった。行き届いているというか、不要なようにも思われるのは、その女子ロボットがカギを室内に取りに立ち上がり、歩いていく動きの中で豊かな尻が色っぽく左右に揺れる事なのである。
前面から見ると立ち上がった時には豊満な胸のふくらみが揺れ動いた。そこまで作らなくてもいいようには思えるのだが、製作者の、ゆとりも思われる。
その胸のふくらみも、かなりなものだ。男性入居者へのサービスの一環であろう。おまけに、その女性ロボット管理人からは若い女性の芳香みたいな匂いがした。肌はすべすべで、よく作ったものだと時は思う。
 貰った鍵でマンション内に入り、二人はエレベーターで三階に行き、303号室に入る。
 玄関では靴を脱ぐのは大昔から同じで、ワンルームマンションとしては普通のものだったが、六畳の部屋で女子社員は、
「大昔にはオール電化などが、ありましたけど、このマンションではオールIOTを目指しているらしいんです。インターネット・オブ・シングスの略はIOT、というのはご存知ですね?」
「ええ、一応は知っていますよ。インターネット関連の会社に就職したものですから。」
「まあ、それは本当に、お客様にはピッタリですわ、このお部屋は。」
「そうみたいですね。というか据え置きの電子レンジや冷蔵庫まで、ありますね。」
「ええ。それらは、外から携帯電話で操作できるものなんです。」
「電子レンジなんて外からじゃなくても・・・。」
「いえ、帰宅後にすぐ温まった料理が食べれますよ。なんと冷凍、と冷蔵が兼用でできる電子レンジなのです。ですから、冷蔵庫から出して、その電子レンジを冷蔵庫の状態にして何かの食べ物を耐熱性のお皿に乗せてレンジに入れておけば、いいのですわ。
そしたら下の玄関に着いた辺りで携帯電話からインターネットで電子レンジを操作したら、いいのですわ。
冷蔵庫の冷凍室から冷凍ものを取り出して入れる場合には、電子レンジを冷凍室の状態に切り替えれば、いいんです。
チン妻なる人達が、いましたけど、自分で出来ますよ、今の独身男性の方は。冷蔵庫は冷凍室が大きめに作られています。電子レンジ用の冷凍食品を大量にネット通販で購入して保存しておくために便利ですから。」
「なーるほど。僕もネットショッピングの常連ですよ。これは、いい。」
ということで時・流太郎は三日後には、そのマンションで生活するようになった。隣のマンションの一階に城川康美が住んでいるとは露、いやミトコンドリアほども知らずに。
 
 夜遅く帰ってきて時・流太郎の趣味といえばインターネットラジオの株式投資の番組を聞くことだった。彼も少々は株式投資をネット証券経由でやっている。それを聞いて思うのは昔のように証券アナリストが喋るのではなく、人工知能を使って解析された結果を証券会社の若い女子社員が話しているという事だ。
既に一部の将棋の対戦は人工知能同志の戦いとなっていて、ネットでは将棋AI王戦が行われている。
 その将棋のAIの一方は株式会社ネットダイヤモンドが開発したものだ。開発方法としては過去の将棋の棋譜をすべてAIに記憶させて、勝利の定跡を読み取らせる。最新の棋譜まで打ち込むため、日本将棋連盟の棋士は戦々恐々とした状態だ。 
 
時・流太郎はノートパソコンを開いて、そのネットラジオを聞いていたが、それを閉じるとメールチェックした。城川康美から返信が来ていないだろうか。いや、来ていない。お互いの入社後、一通の返信も届かないのだ。忙しすぎる、のだろうか。しかし、自分ほどではないだろうと思う。返信がないのにメールを送るなんて、あまりよくないと思って遠慮している。
その時、隣のダイヤモンドマンションの一階に住む城川康美は洗濯物をベランダで干していた。こちらのマンションは集合玄関のオートロックではなく、オールIOTではない昔のマンションと言える。
 
 ハッ、と時は回想から現在の居場所に意識が戻った。というのは、若い女性の声がしたからだ。
「ぼんやりされていますが、大丈夫ですか?」
ベッドに座った位置から上を見上げると、さっきの舞山舞子とは違う美女が出現していた。いや、なんとその顔は城川康美 !!!
時は驚きのあまり口をポカンと開けてしまって、慌てて閉じると、
「康美ちゃん!君が入社したのは確か株式会社ネットダイヤモンドだったよね。」
「康美?わたし康美じゃありません。貴美(きみ)ですけど。」
時の脳内は目まぐるしく動いた。
「そうか、もしかして君の名前は城川さん、でしょう。」
「そうです。よく、ご存知ですね、わたし、自己紹介していませんけど。舞山さんから、お聞きになられたの?」
「いや違うんだ。ぼくの彼女の名前がさ、城川康美 でね、君にそっくりだから、もしかして双子じゃないかと思ったんだ。」
「ご名答です。わたしの姉は康美ですけど、でも、本当は他人の空似かもしれませんよ。それに、わたし姉とこの前、携帯で話したけど彼氏はいないって言ってましたわ。」
ガキーン!と時の頭にハンマーが刺さったような音が聞こえた。
「それはね、それは照れ隠しかもしれないじゃないか。」
「かもです、ネギがあったら、おいしいかな?」
なんか変な奴、生真面目な姉の康美とは性格が違うようだ。貴美は一歩、時に近づくと、ミニスカートの両端を両手で持って、
「康美姉さんだと思って抱いてくださらない?」
「そ、そんな・・・事は、できない。」
と固く断る時ではあった。
「そう、お堅いのね。そういう人が、わが社の社長は好きなんですって、ですよ。」
「それは光栄です。契約の方は明日にでも、お願いできますか。」
「そうするって、社長は言ってましたわ。ねえねえ、今度、姉さんとデートする時、これ、姉さんにプレゼントしたら?」
貴美は肩に掛けていた赤いショルダーバッグからレンズが青色の眼鏡を取り出して時に手渡した。
「これ、なんだい?受け取るかな、彼女。」
「面白いメガネよ。かけてみたら、わかるらしいわ。」
「そうか。それなら貰っておくとするか。」
「それじゃあ、これで失礼いたします。」
白いミニスカートの貴美は深く美髪の頭を下げて部屋を出て行った。
時はゴロリとベッドに寝そべると、部屋の照明が消えた。
(あれ?電気消してないのに。監視されているのか・・。でも、親切なのかもね。)
いきなり部屋の壁に付いているらしいスピーカーから社長秘書、接待課長の美月美姫の声が響く。
「こちらで照明を消したりしませんわ。そのベッドは寝転ぶと部屋の明かりが消えるんです。それも我が社の開発したもので、間もなく売り出します。」
と笑みを含んだような声で丁寧に説明した。又もギョッとした時は、
(どっちみち監視しているんじゃないか。でも、すごい発明だ。自動消灯ベッドか。高すぎても売れそうだなー。)
又も美月の声がして、
「眠れるような音源を流しましょうか。」
というから、
「はい、お願いします。」
と時が答えると波の音が繰り返される響きがスピーカーから流れるように聞こえてきて、時は一分もすると眠りの世界へ移行していった。
 
 時・流太郎が睡眠に入った時、サイバーモーメント社長、鬼沢金雄に秘書の美月から携帯電話で連絡があった。
「社長、時さんは、お休みになりました。」
「そうか、よくやった。ご苦労さん。」
鬼沢の表情は満悦へと変わる。
 
 
翌朝早く起きた時・流太郎の耳には壁のスピーカーから、
「おはようございます。只今、時刻は7時です。朝食をお届けしますので、洗面などをどうぞ。」
と昨夜の秘書の美月とは違う女性の声だ。
洗面所に行って顔を洗い、歯を磨く。そこから出たら、入り口のドアが開いてメイド喫茶にいるようなウェイトレス風の衣装の若い女性が銀色のプレートにカステラの様なパンとコップに牛乳、カップにコーヒー、グラスにオレンジジュース、ちいさな皿にヨーグルト、バナナ一本という朝食メニューを載せていた。
メイド風のその若い女子社員は、
「お食事がすみましたら社長室まで、ご案内します。」
「連絡は、どうすれば・・・モニターカメラで見ていますね、さっきの目覚めの時も。」
「ええ、しっかりと監視させてもらってまーす。大事なお客様ですもの。」
「客って、そちらこそ、お客さんですよ。」
「株式会社夢春様には当社の製品をご購入いただいています。」
「あー、そうなんですか。知りませんでした。」
「それでは、お召し上がりください。わたしも、お召し上がりますか?うふふ。」
呆気にとられた時の顔を微笑で眺めたメイド女子社員は、軽く一礼して軽く部屋を出て行った。
 
 朝食も済み、そのあとの社長室での契約も済んだ時は颯爽とサイバーモーメント社を後方にした。
 
 
 株式会社ネットダイヤモンドはサイバーモーメント社とも覇を競い合う関係にあるのは今年に始まったことではない。なにしろサイバーモーメントの鬼沢金雄は、かつてネットダイヤモンドで働いていたことがある。その頃はネットダイヤモンドは格安のレンタルサーバーが主なる事業だった。潤沢な資金を元に社長の今月大治はロボット産業に乗り出していったのだ。その時、研究開発の一人として今月は鬼沢を指名した。社長室に呼びつけると、
「鬼沢君。今度はウチでロボットを作ろうと思ってな。君を開発担当主任に命ずる。」
「は。やらせていただきます。」
と電子レンジの終了音のような機敏な応答の鬼沢は、その時、三十代だったのだ。
その時の経験が鬼沢の独立後に作っていくロボット製造の原点だと、いってもいいだろう。
それから二十年、時が退出してから次の日にパソコンを開いてネットニュースを見て事件が発生しているのを知った。
 
 福岡市内の春日市に近いところの銀行の支店である。昼の一時、同支店に背広を着て、フルフェイスのヘルメットをかぶった男が入り口から入ってきた。スタスタスタと預金の窓口に来ると、
「五百万円ほど、このアタッシュケースに入れてください。」
と丁寧な口調で持参した銀色のアタッシュケースを開いて窓口のカウンターに置いた。受付の女子銀行員は、
「通帳を、お出しください。」
と答えたが、その男は胸元のポケットからピストルらしきものを出し女性行員の額に銃口の照準を合わせると、
「このアタッシュケースが通帳です。警察に連絡したら、すぐにこの引き金を引きますよ。カウンターの下にあるボタンを押すのが見えても撃ちますからね。この銀行のみなさん!」
と男は大声を上げた。「あなたがた、みんな同じです。わたし、目がいい。遠くのあなたもよく見えます。だから、この銀行の誰が警察に連絡しても、この窓口の女性の命はなくなるのでーす。」
女子行員は後ろの席にいる支店長を振り向いた。初老の男性支店長は、要求された金を出すように目で促す。女子行員は要求された金額をフルフェイスのヘルメットの男のアタッシュケースに、詰め込んだ。
それを見た男は、
「よろしい。それでは、みなさん、さよナラ。」
と言うなり全力に近い速度でその支店から出て行った。
 
 鬼沢は、これを読んで(時・流太郎じゃないのかな)と思ったりした。
その男は銀行の駐車場に停めてあった車で逃走した。刀装していたわけではないが銃装していたのだ。
犯人が喋った口調から外国人ではないか、と行員たちは話していたが。
銀行の防犯カメラに写っていた画像から犯人は何と!ロボットだと分かったのだ。
 最近では無人の自動運転よりタクシーの場合、ロボットの運転手が座席に座っているところが多くなった。というのは自動運転車よりもロボットと自動車を購入する方が安くてタクシー会社にとっては経費が削減できる。
会話をするロボットは値段も上昇するため、無言のロボット運転手が大半なのだが、タクシーの側面にロボットで話せませんと表記されている自動車が走っているのをよく目にするものだ。
ということでロボットは大勢いる、という三人称を使っていいのだか、日本で製造されるロボットは人口ならぬロボット口は正確な数度が把握されていない。自動車が陸運局に登録されるのとは違うからだ。
鬼沢は(こういった銀行強盗は福岡市では初めてだろう。)と推察する。
(なるほど、ロボットでは、どんな警備員だって勝てないだろう。よくやれても壊せるぐらい、その前に警備員の命が壊されるはずだ。)
(では、)
そこで鬼沢はニヤリとする。それなら警備員のロボットを作ればいい、と思うのだ。突然、秘書の美月がドアを開くと、
「社長。ネットダイヤモンドの城川康美さんです。」
と紹介すると、ロングヘアの康美が春風のように顔を出す。鬼沢は、
「やあ、お待ちしていましたよ。さあ、どうぞ。おかけになって。」
「城川と申します。以後、お見知りおきを。」
「ああ、覚えておきますよ。今日は、サイバーセキュリティの話ですか?」
と鬼沢は言いながら康美の前に座る。康美は長い髪をかき上げると、
「ええ、そうです。既に他社さんで御使用になられていると思いますが。」
「ええ。昨日、来た人がいてね、もう、契約してしまったんだけど。」
「どちらの会社でしょうか。」
「株式会社夢春だったかな。」
「夢春さんよりも、わたくしどもの会社の方が、お安くできます。」
「そうかー。でも、昨日契約したばかりだから。」
「それなら、その契約が終わってからは、どうですか。」
「そうだね。それなら、いいかもしれない。」
「それでは、そういう事で、お話を進めさせていただきます。」
鬼沢は康美の話は天空はるか、かなたで聞いていて視線は彼女の胸から腰のあたりを見つめている。(とても、いいプロポーションというか、)
「・・・ということで、よろしいですか。」
「あ、ああ。いいよ。次回契約でしょう。」
「来月から、ということで。」
「来月?一年契約だったと思う。」
「違約金は当社で、お支払いします。」
鬼沢はテーブルの自分の前に広げられている案内書を手に取って見ると、
「確かに安いね。じゃあ、そうするか。」
「ありがとうございます。それでは、こちらの契約書に署名と捺印を、お願いします。」
鬼沢は自動筆記ペンを取り出した。マイクロコンピューター内臓のもので、自分の名前を記憶させてある。その場合、ペンの頭にある赤の部分を押せば、いいのだ。スイスイ水のようにペンは動いて鬼沢金雄と署名する。
康美は、そのペンをじっと見て、
「まあ!自動で筆記するんですね。まるで宗教のお筆先みたいですわ。驚きました。」
「うん、これも販売予定だけど経費が、かかりすぎて一般に販売するのは無理だと思うね、当分。」
「わたし、購入したいです。」
「そうかね、嬉しいね。だけど、今は、これいっペン、いや、一本しか作ってないんだ。申し訳ない。」
「あら、それでは待ちますわ、いつかは次のものを作るのですね。」
「そうだね、そのつもりだよ。」
「楽しみですよ、そのペン。」
「楽しみにしていてくれたまえ。ところでだ、どうかね、君は彼氏は、いるのか。」
「うーん、いますけど、だらしない感じで。生活力なくて。という人ですけど。」
「ふーん。それなら、その彼氏を君はあまり好きではないのだろう。」
「そうなりますかしら。あっちが積極的なだけとおもいます。」
「あっち、というと、もしかして。」
「いえ、あっちって彼のこと。」
「うーむ、それなら、どうかね。今度、食事でも。」
康美の瞳はキラ、と輝いた。彼女は、ずっと年上の男性が好きなのだった。というのは康美の父親は事業家で精力的に働く男、だから父親をとても尊敬している。一種のファザーコンプレックスみたいなものは外の男性に振り向けられる、ということだろう。だから康美は、
「いいです、今度、休みがもらえたら、ですけど。」
「なに、休みなしかね、今は。」
「ええ。でも、そのうち、もらえると思います。」
「そうか、そうか。では、私の携帯の番号を教えておくから。」
と鬼沢は自分の番号を康美に教えた。
それをメモする康美、もちろん携帯電話にメモしたのだ。
 
 マンションに夕方帰った康美は部屋で携帯電話が鳴るのを聞くと、
(もしかして鬼沢さん?)と思い、
「もしもし。」
「あー、流太郎だよ。」
「時さんか。」
「時さんではダメなのかしらん。」
「駄目じゃないけど、何用なの?」
「何用って、明日、水曜日が休みになったんだ。君は?」
「仕事ですけど。」
「いつ会社は終わるんだ?」
「明日は定時よ。」
「定時は五時半?」
「ええ、五時半だわ。」
「じゃあ、おれ迎えに来るから。君の会社の前まで。」
「うん、そうしても、いい。」
「じゃあ、そうする。」
「お休み。」
「もう、寝るの?」
「まだ寝ないけど。」
「君の住所を聞いてなかったね。」
「まだ教えたくないわ。」
「それじゃあ出会い系みたいじゃないか。」
「そのうち、教えるわ。」
「そうして欲しいね。それじゃ、ね。」
携帯電話は切れてしまった。
 
 翌日は夕方から曇り空になった。午前中は快晴の空が、少しずつ薄い雲が現れ始め、今は墨色の空模様の午後五時半になった。時・流太郎の心の中も、その天候と同調するかのような動きとなりながらも城川康美を迎えに行く約束なので、行かなければ、と立ちあがっていた。
 
 西鉄香椎駅近くの時のマンションから康美の会社までは歩いて四十分ほど、さっき時が立ち上がったのは五時半より五十分前だった。だから康美のいる会社ネットダイヤモンドの前には康美の退社時刻より十分前には立っていたのだ。
五時半になり、ネットダイヤモンドから出てきたのは康美一人だけだったので、
時は彼女に手を振って、
「おーい。」
と呼んでみた。
「約束を守る人なのね、時さん。」
鬼沢には時のことを、だらしないなどと説明したけど、やはりキチンと待ち合わせてくれた彼を嫌いには、なれないらしい。
二人が立っている人工島のアイランドシティには広い公園があって、
アイランドシティ中央公園といい、その外側を一回りすると1.6キロにも及ぶ長方形の樹木の多く林立する潮風が来たから訪れる場所だ。
休日には人も多く来るけど、平日はあまり立ち寄られることはない。
雨が降りそうな今日は、時に連れられて康美が入ってみると誰もいない緑の空間だったのだ。康美は可愛い唇を開くと、
「こんなに広い公園が割と近くにあったのね。静かで、いいわね。」
「君の会社が僕の会社の隣りにあったなんて知らなかった。」
「あら、そうだったの。わたしも知らなかったわ。」
「これなら会社の帰りに駅まででも帰れるよ、一緒に。」
「退社時間が同じだったことは、今まで一度だって、なかったわね。」
「そうみたいだ。僕の方が遅いんじゃないか、と思うよ。」
「わたしだって夜遅いことも、あるわ。今日は入社して初めて、こんなに早く帰れるの。」
そんな康美の顔は可憐で、いじらしいと時・流太郎は思った。そういえば、と時は思い出した。自分のズボンのポケットに青色レンズの眼鏡を持って来ていたのだ。これはサイバーモーメントで康美の妹と名乗る貴美(きみ)から貰ったものだ。
それを取り出すと康美が目を錐(きり)のようにして、
「なんなの、それは。気味が悪いわ。」
「君の妹さんから貰ったんだ。」
「妹を何故、知っているの?」
「貴美さんだろう?」
「ええ、そうだけど。」
「サイバーモーメント社に社用で行った時に、貴美さんが出て来たんだ。」-まさか、夜にとは、いえない。
「そうだったの。貴美がサイバーモーメントで働いていたなんてね。」
「えっ、知らないのかい。実の妹さんだろう。」
「そうだけど、異母の妹よ。母が違うの、実は貴美は父の愛人の子なんです。」
「そうだったんだね。それなら何処の会社に勤めているかも知らなくって不思議ではないさ。この眼鏡、掛けてみる?」
「ええ、掛けてみるわ。」
康美は青いメガネを時から受け取り、その時、時の手に少し触って、自分の耳に乗せてみた。
すると!時のどちらかといえば好男子風の顔が邪悪で淫猥な男の顔に見えてきたのだ。康美は(こんなこと。これが時さんの本当の顔、なのかしら。)時は黙りこくった康美に、
「どうかしたのかい。変なものを見ている感じだな、君の顔は。」
パっ、と碧いメガネを外すと康美の目は一直線に時の面相を眺めるのだ。すると、眼鏡を通してみた時とは全く違う、いつもの時の優しそうな笑顔が、そこに厳然、泰然、健全として存在を示現している。
(あら不思議、さっきのは錯覚?幻覚?だったのかしら。)康美は、そう思う。
「なんだか変な顔に見えたのよ、時さんの顔が。」
「天候のせいじゃないのかな。雨が降りそうだし、ね。」
確かに炭色の空模様、軽い塩の匂いのする微風、青色は人の顔を歪めてしまうのか。青色は食欲を減退させるという実験結果もある。
食欲の減退は同じように異性間の興味も冷めさせる力が、あるのだろうか。
見よ!雨が降ってきたから二人は、それぞれ持ってきた傘を広げた。
康美は傘の下から雨天の空を見上げて慨嘆する。
「今日は台ナッシング、だわ。」
「外でばかりが会う場所でも、ないんだ。屋根の下なら、傘もいらない。」
「君の部屋に行きたいね。」
「いや、それはまだ駄目です。うちの父は厳しいの。」
「良家の子女らしいね。そうしよう。ネットカフェとか、どうかな?」
「それ、いいわね。時さんはサイバーセキュリティの?会社に勤めているのよね、今。」
「君も同業の会社で働いている。」
「だったらネットカフェなら満点デートね。行きましょう!時さん。」
康美は先んじて歩を進めた、それは帆を張った小舟がスイスイと進むように。時は慌てて、
「康美ちゃん、ネットカフェを知っているのか、先に行くけどさ。」
土砂降りになりだした滝の雨の中で呼びつなぐ。
「知ってるわ。一緒に来て。」
 
 雨に少し濡れた城川康美の後ろ姿は、その流線型の美というものに満ちている。株式会社ネットダイヤモンドでは、制服というものがない。康美のスカートは膝より少し上の長さで、ぴっちりとした臀部が、西瓜のように左右に揺れ動いている。まだ、時太郎は、そのスカートの中身を見た事が、ないのだ。灰色のスカートに、上着はクリーム色の長袖で、傘は桃色の自動で開閉する、そう、閉じるのもボタン一つで、その傘は閉じるのだ。
 かなり昔、2017年頃でも自動で開く傘は販売されていても、自動で閉じる傘は発売されていなかった。彼女に後ろから追いつきかける時は、康美が、その傘を開くのは初めて見たが、閉じるのは未だ見ていないのだ。
彼女の右側に追いついて並んで歩く時・流太郎は、傘をさしている為に彼女に近づける距離も普段より遠くなる。康美の右から見た横顔も、鼻も少し高くて睫毛の長いのが時の左の目に映写される。
 少し彼女の髪が濡れているのも普段とは違って、時の感覚に弱い電流の様なものを走らせるのだ。
嗚呼、ネットダイヤモンドは自分の会社とはライバル関係に、あるではないか。その彼女と、交際してもいいのか、という思いも彼の頭を時々、ちぎれた黒い雲の断片が空を行くように、かすめていく。
 
 並んで歩けば時の方が背が高いし、足並みは彼の方が彼女に揃えなければならない。時は、時々、康美の美脚を素早く見下ろしては、視線を元に戻す。白い肌の、おみ足だ。それがリズミカルに魅惑的に動いている。彼女の肩幅は彼女の腰の幅よりも、ずっと狭く、女らしさに溢れていた。
(おれが、なんとかするから、会社なんて辞めてしまえよ、康美ちゃん。)そう言いたい、時・流太郎なのだが、康美が鬼沢に言うように経済力に乏しい。それでは、共働きでは?とすれば、お互いライバル会社なのだ。これこそ現代の悲劇で、あろうか。
 おお、ネットカフェが見えてきた。二十四時間営業のネットカフェ、「美しすぎるネットカフェ」と赤い文字で看板には書かれている二階建ての白い建物が信号を渡ったところに、二人を待っていたかのように、その姿を、その店を見せている。
 信号は青だ、渡ろう、康美、君なら福岡市議会議員に立候補したら日本一、美しすぎる美人市議になれるぞー、と心の中で思う時・流太郎であるが、彼女は黙って横断歩道を黄疸という病気など無縁そのもののように渡っていくから、時も胸を茹でられるような感覚を覚えつつ、耳の中に彼女の指を入れても痛くない彼は、それは、おれひとりだろう、いや、他にもいるか、美人すぎるから、そう、美人すぎて彼女を狙っているのは、おれ、一人ではないはずだけと、デートできるのは今のところ、おれだけさ、だから、この今の位置を、そう、この優位な位置を利用して、なるべく早く、彼女と身も心も下着も同じ全自動洗濯機の中に入れて洗うような生活がしたい、それは即ち、結婚というものでなくてもいいから、そう、同棲というもので恋の動静を探りつつ、ライバルがいたら薙ぎ倒す、同棲出来たら、おれの一人勝ちだ、康美ちゃん、何も言わないのに、ここは、もうネットカフェの中だね。

体験版・sf小説・未来の出来事52

「あ、そうなんですか。初めて知りました。インドが統一された言語でない状態なんて。」
流太郎としても驚きだったのだ。マディラは、
「インド人女性を口説くのも英語が、いいわ。」
と助言してくれた。
「そうですか。僕は、お試しレッスンという事で来たので、ヒンディー語は辞めようと思います。」
「そうですね。英語が、いいですよ。日本語を学んで日本に行こうというインド人もいますから。日本語講師の需要もある位です。もう少し時間、ありますけど?」
「マディラさん、日本の政治に興味がありますか。」
「ありますよ。日本人より興味があります。(笑)。だって日本の人、自分の国の政治に興味ないみたいですもの。」
「新進民主党という党は、どうですか。」
「あ、知っています。まだ小さいけど希望が持てるのかなー、と思いますわ。」
「フレッシュアイランドに新進民主党の福岡支部がありますよ。」
「そうですか、一度行ってみたいな。と思うのね。」
「それではマディラさん、ご機嫌よう。」
流太郎は立ち上がり、部屋を出た。
授業を受けるために待っている人達の中に丸内円太もソファに座っていた。丸内円太は(あ、ビルの一階だった、待合場所は)と思い出して立ち上がりバラリッツを出るとエレベーターの前に一人の青年が立っていた。時流太郎だ。しかし丸内円太は時を知らない。エレベーターに二人で乗りこんで流太郎は丸内円太に気づき、エレベーターを降りてビルの外に出ても丸内は一階に立ち止まっているのを確認した。
流太郎はフロックコートの中からサングラスと帽子を取り出して身に着けると付け髭も鼻の下につける。
前にも見かけた新入社員風の男、ますますインドの雰囲気を身に着けている。マディラにヒンディー語を習っているに違いない、と流太郎は観察したのだ。
思惑通りにビルからマディラと新卒男が並んで出てきた。体の関係がある男女の雰囲気が流太郎には感じられた。二人はヘリタクシーの乗り合い場所に歩いて行く。博多駅周辺には幾つかのヘリタクシーの乗降場所がある。観光目的で乗る人達が殆どだが、料金も安くはないので利用者は少ない。マディラと丸内はヘリタクシーに乗った。クレジット決済が出来るヘリタクシーに流太郎も乗りこむと、
「今、飛び立ったヘリタクシーを追ってくれ。」
と運転手に告げる。運転手は中年の男で、
「だんな、探偵さんか何かですか?」
「うん、そんなものだ。少し間をおいて追跡した方が、いいな。」
「合点満点です。私も私立探偵は少し、した事がありますよ。元々は航空会社のパイロットだったんですが、CAと勤務中にトイレでセックスしたのを別のCAに密告されてクビになり、この仕事に就くまでには色々な職を経験しましたけどね。あ、飛び立ちます。」
流太郎の乗ったヘリタクシーは上昇した。そして可能な限り運転手はマディラと丸内の乗ったヘリタクシーに近づく。それを運転手は観察すると、
「お客さん、あれは豪華ヘリタクシーですぜ。マジックミラーの車体で外から中は見えないものです。車体が大きいのは後部座席が広いので、後部座席はシートを倒すとダブルベッドになります。運転席とは厚いガラスで仕切られて完全防音。バックラーは車体の後部に付いていますから、後部座席は運転手には見えないんです。だから空中セックスし放題ですね、これは。」
と話す。
こちら後部座席に乗っているマディラと丸内である。後部座席の前面は壁となっていて、そこに運転手と話せるマイクが設置されている。マディラは、そのマイクに、
「運転手さん一時間程、博多湾上空を周回してください。」
と要望した。
すると中年男の声が、
「はい、承知しました。ゆっくりと、お楽しみください。」
と答えた。
後部座席の左右と背後はマジックミラーに、なっている。三方から外の景色が見えるので気分爽快となったマディラと丸内だ。マディラは左に座っている丸内に、
「いい景色だわ。博多湾の上空でセックス出来るのなら運航料金も安いものだわ。丸内君、空の上でセックスした事は、ないでしょ?」
「ありません。もちろんですとも。」
「では、今から経験できますよ。誰も見ていないから安心ね。」
マディラは丸内円太のズボンのベルトを外すと一期に降ろした。そこには、もう半勃起を顕わすパンツの形がある。
 丸内としてはマジックミラーから外の風景、といっても見下ろさなければ見えない海や島々を眺めつつ、いつの間にかマディラと自分は全裸になり坐位により彼女を突きまくっていた。アへアへ顔のマディラは、
「あなたの会社、インドに輸出しているの?」
と問いかける。
「ええ、そのために僕が出張するんです。外の景色、いいですよ。マディラさん体位を変えて外を見ますか。」
「いいえ、いいの。あなたがインドに出張する時に私もついて行けると思うわ。ニューデリーに行くんでしょ。」
「そうみたいです。あ、愛高島が見えました。」
「ああ、あの謎の博多湾に浮かぶ島ね。インドでも有名ヨ、愛高島は。そのために日本に来るインド人も多いわ。」
「愛高島にもホテルは、あるしラブホテルもあります。今から行きませんか。金は僕が出しますよ。サイバーモーメントから貰う給料がいいから。」
「それなら、そうして。運転手に言うのよ。」
「わかりました。そしたら一旦、離れます。」
丸内円太はマディラから離れると前面のマイクに、
「運転手さん、愛高島に寄って下さい。」
「はい、コース変えます。」
ヘリタクシーは空に浮かぶ島、愛高島に向かった。数分でヘリタクシーは愛高島に到着した。それを追っていた流太郎を乗せたヘリタクシーも愛高島に着陸した。
 マディラと丸内はラブホテルに向かって歩いている。流太郎も後を追う。ラブホテルの近くには森林地帯がある。そこへ行き流太郎は二人を待った。
十分、二十分、数時間後には出て来るさ、と流太郎は気長に待つつもりでいると、十五分後にラブホテルの屋上に巨大なUFOが現れたのだ。
そのUFOの基底部から黄色の光が真下に放射されて一組の男女が光に包まれて上昇しUFO内へ消えた。それを見上げた流太郎は、(マディラと新入社員だ!)
それに至るまでのマディラと丸内の行動に戻ろう。そのラブホテルの経営者は地球人では、なかった。パリノ・ユーワクという火星人によって持ってこられた巨大なUFOが愛高島なので、ラブホテルの経営者は火星人が多い。彼らのラブホテルは地上よりも格安な宿泊料金だ。
それで、どうして儲かるのかと言えば彼らのラブホテルには各部屋に隠し撮りカメラが設置されている。そこで各部屋のカップルの行為は逐一、撮影されている。経営者は火星からアダルト動画の有名な監督を呼び寄せたり、又は火星に撮影された動画をUFOで持ち帰らせたりしている。それらは編集されて火星で販売される。地球人の実写セックス物は人気が高い。それでラブホテルの宿泊料金は格安にしても経営者は隠し撮り動画で高額な報酬を得ているのだ。
 無目的で火星から飛来するのは太古の時代に終わっている。空に浮かぶ島の愛高島は宇宙人にとってのビジネスチャンスである。
実はマディラは、そのラブホテルの経営者と知り合いであった。そして、その経営者の正体も知っていたのだ。経営者は、「マディラさんの宿泊の場合は半額に致しますよ。マディラさんの本当の姿のセックスでは宿泊料金は無料にします。」
とドラム判を押したのだ。
 その話を今、室内にいるマディラは思い出した。スイートルーム並みの部屋の寝室でマディラは丸内に、
「丸内さん。わたしは本当はインド人では、ありません。それを実際に見せますから、見ていてください。」
と話す。
それから、ゆっくりとマディラは服を脱いでいく。下着姿になったマディラ。薄茶色の肌にコンモリと高い丘のようなブラジャーの盛り上がり、くびれたウエストから下に向かうと横幅の広い尻の前面の逆三角形のショーツは透けていて黒い茂みが見えている。丸内は涎を垂らしそうな顔をして、それを食いつきそうな顔で見ていると、マディラは、
「浴室に行くから付いてきて。」
と誘い、ふたりで大浴室に行った。普通の浴室の五倍の広さ、脱衣室まである。マディラは下着も取ると尻と乳房も薄茶色の肌だが美形にして大きく柔らかそうだ。丸内は殆ど勃起している。マディラは丸内の股間を見て、
「丸内さんも脱いで。」
と促すので丸内は急いで全裸になる。完全勃起に近い丸内の肉棍棒をマディラは確認すると大浴室に入る。
そこでシャワーヘッドを手に取り、お湯を浴びたマディラの肌は薄茶色が抜け落ちて積雪のような純白の肌が現れる。顔にもシャワーを浴びせるとマディラの顔は白人女性よりも白い顔になった。丸内は驚きすぎて、その場に尻スイカを付きそうになった。
シャワーを停めるとマディラは丸内に全裸を見せて、
「どうですか?この体は。」
「ああ、素晴らしいです。マディラさんはインド人では、なかったのですね。」
「そう、その通りです。実は私は地球人ではないのです。」
「そうなんですか。では宇宙の何処から、いらっしゃったんですか?」
「それは説明が難しいですね。何故なら私の星は、まだ地球で発見されていないんです。それだから地球の言葉では私の星の名前はないんです。インドは潜り込みやすい国でした。そこで英語を学び、ヒンディー語を学び、日本語も学びました。宇宙人と交信が難しいのは言語の問題です。
日本人としても英語を知らなければアメリカから、やってきた人の言語は分かりません。ましてや宇宙人の言葉など聴きとるのも難しいです。それで我々の方で地球の言語を学び、接触しなければ、なりません。
丸内さん、あなたがインドに行くとか、あなたが勤めている会社の製品を輸出するとか、そういう事は私には、どうでもいいのです。あなたは今の仕事を、辞めたくなると思いますよ。服を着て屋上に行きましょう。インド人の女の体で貴方の体を楽しみましたが、今は時間がない。というのはですね、このラブホテルの屋上の上に来ている、と通信が今、あったのです。それはテレパシー会話のような非科学的なものではなくて私の頭の中に埋め込まれたマイクロチップに無線で届いたものです。さあ行きましょう。」
マディラは大浴室を出ると脱衣室で手早く服を身に着けた。丸内も遅れまいと慌てて服を着る。スイートルームを出てエレベーターで屋上に行くと確かに二人の頭上には巨大なUFOが空中に停止していた。
二人はUFO下部から放出された光によって上昇し、宇宙船内に誘導されていた。待合室のような場所に移動した二人は開いていた部分が閉じるのを眼下に見た後で床面に静かに着地した。
その部屋の壁が左右に開くと隣の部屋は広くて数人の白い肌の宇宙人がいた。その内の一人である船長ともみられる人物が、
「ようこそ。日本人さん。私達は地球より数万年は進化した星から来ました。この宇宙船は宇宙空間にあるフリーエネルギーで動いています。それで光より早く移動できる。光より早く移動するエネルギーをまだ地球人は見付けていません。地球人は何かを燃やす事でエネルギーを得るという考え方から脱却していないのは旧石器時代から変わっていないのです。それで地球の神話にも火の神などが存在しています。
ですが宇宙空間は真空ではなくエネルギーに満ちています。そこから際限なくエネルギーを取り出して宇宙船の動力源にするのです。
マディラの他にも地球の主要な国家に潜入させて言語を学ばせています。私は立っていますがマディラと日本人さんは座ってくださいね。そこの円形のソファに。」
船長は右手でコの字型のソファを示したので二人は腰かける。船長や他の宇宙人は白い服を着ていた。船長は、
「私の名はエホバエリです。日本人さん、あなたの名前は丸内さんですね。」
丸内はビク、として、
「はい、そうです。」
「あなたは日本の会社員らしいが・・・我々と遭遇した事は・・・記念すべき事ですよ。何故なら・・・それは、これから分かります。地球なんて我々の星に比べたら貧弱なものなんです。女性も単一的なものですし、地球人はね。これから我々の星に来ていただければ、それは分かります。行きますね、私達の星に。」
とエホバエリは同意を確認する発言をした。丸内は喜んで、
「行きます、ぜひ連れて行ってください、お願いします。」
と懇願した。
エホバエリは大きく胸を張ると運転士らしい若い男性に、その星の言語で何か指示した。多分、運転開始の指示だろう。移動を始めても船内は微動だにしない。エホバエリは、
「今、光速の何百倍もの速度で宇宙空間を移動しています。それでも少しも揺れないでしょう?」
と丸内に賛意を求めた。丸内は大驚嘆の眼差しで、
「そんな速度で。揺れませんねー。」
エホバエリは落ち着いた様子で、
「もうすぐ到着です。私達の星は球体では、ありません。太陽系の惑星などは全てが球体ですが正円ではないものです。だけど星が球体である必要が、あるのでしょうか。私達の星は地球のドーナツのような形をしています。つまり中央の部分が空間だという事です。そして、この宇宙船も中央の部分が空洞であるのです。我々の星に似せた形に作られています。その方が移動の際も球体よりも早く移動できます。」
という驚くべき話をした。
丸内は、
「ドーナツが空を飛んでいる訳ですね、要するに。」
エホバエリは楽しそうに、
「そうです、その通り。それで私達の星は中心が空洞ですけど、そこに小さな太陽があるんですよ。我々の星は巨大ですから重力の法則では我々の星が小さな太陽を引っ張っているのです。もちろん我々の星は惑星なので恒星、太陽系の太陽のような星を回っているのですが、空洞の内部にも小さな太陽があるので我々の星の内部に面した地帯は夜がない一日中が昼の状態です。
考えてみて下さい。夜のない世界を。闇のない世界を。食物の野菜は地球の三倍の大きさ。樹木も三倍です。そして、その地帯には五メートルに近い人間がいます。その巨人族とも我々は仲良くしています。彼らの知性は三倍かというと、そうではなく、二メートルに満たない我々より知性は発展していません。地球に於いてもクジラは最大の哺乳動物ですが知能は、どうですか、という事と同じですね。
なんと彼らは原始的生活を好み、読書も大してしない。我々の指導により彼らは文盲ではないですけど、巨人の女性は美人だし、夜のない世界で交合している彼らです。その場所などは自治区みたいに我々の法律も無視していい事にしているので、観光に行くと楽しいですよ。
彼らは決して凶暴ではないので観光客に乱暴などしないんです。御菓子など渡してやると喜びます。
丸内さんも観光で連れて行ってあげますよ。五メートル近い巨人を見る事など地球では、あり得ませんからね。おお、もう到着しましたよ。私より日本語が上手いマディラと行動してください。」
と話した。
そのUFO自体もドーナツ形だが、丸内は上からUFOを見られないので確認できない。
その星の太陽光線は眩しすぎる程だ。宇宙船を降りてからはマディラに付いて行く丸内円太。地球に居るよりも幸福感を感じるのは心地よい春の気温のせいばかりではなく、目に映るものが地球とは違い、建物はビルなどは百階建てと思われる程の高層ビルが立ち並んでいたり、マイカーならぬマイUFOで道路を走っている光景が見えたりするからかもしれない。マディラと街を歩いても丸内は背広を着た人を見なかった。皆、肌が白いので黄土色の丸内は、その星の人の注意を惹いた。一人の山高帽を頭にしている中年男が丸内に近づいてきて、その星の言葉で何か話してきた。マディラは、
「うちのサーカスに入りませんか、と話しているのよ。どうする?丸内さん。」
「お断りします。と伝えてください。」
「あら、サーカスと言っても地球のモノと違って楽なものなのよ、この星のサーカスの出演者は人気者で収入も高いの。多くても月一度の出演程度だし、週休四日は確実。なりたくても、中々なれないんだけどなあ、サーカスの団員には。」
丸内は困惑気味に、
「言語の違いや、その他の違いもあるでしょう。」
「そうね。一応、断わっておくわ。」
マディラがサーカスの関係者に丸内の断りを伝えていた。
 レストランに入ってマディラが注文し、運ばれてきた料理は地球の一般的なレストランのモノの二倍は、あった。それで普通だとマディラは云う。
食後のデザートに地球の葡萄に似たものが出されたが、それは地球のモノの三倍の大きさだった。五メートルに近い巨人族がいるというのも、うなずける。食後に丸内は、
「五メートルに近い巨人の人達は見られるのですか?」
「ええ。これから見に行きましょう。観光地になっています。入場料は払うのです。それは巨人達の収入になりますし、彼らは入場料だけで生活も出来ます。」
コーヒーと紅茶が混ざったような味の飲み物を二人は飲んだ。マディラは、
「外で小型UFOタクシーを拾うわ。さあ、出ましょう。」
道路面から浮いて走っているタクシーはマディラが右手を挙げて停めた。二人は車内に乗り込み、マディラは丸内には分からない言語で指示した。それから丸内に、
「巨人村まで、と言ったのよ。」
小型UFOは浮上した。
丸内が窓の下を見ていると、繁華街から緑の多い地帯へと移動して小さな山のある牧場のような場所に降下していく。
 牛らしき動物が数頭、見えたが牛の体長は地球の牛の三倍は、ある。それでも、おとなしそうに巨牛は草を食べていた。地球の緑地の草の三倍の高さなので牛の餌には困らないはずだ。地球の農家風の建物も地球の農家の三倍の高さである。
 UFOタクシーはタクシー専用乗り場に着地して二人は外に降りる。巨大な農村という風景に丸内には思える。
 それでも歩道には観光客の姿も見えたので、やはり巨人村観光地らしい。遠くに巨人の男の姿が見えた。地球の原始人のような姿で、ゆっくりと歩き回っている。その近くには巨大な邸宅がある。マディラは丸内に、
「見世物にするために、わざとあの格好をしています。彼らは彼らの学校がありますが日本だと中学までの学校しか、ありません。巨人村の収入は凄いので彼らは働く必要が、ないのです。近くで見るためには入場料が必要です。あそこが入り口、入場料の二人分は私が払います。」
マディラと丸内は延々と続いている高い柵の一か所にある入り口から入る。マディラがスマートフォンのようなものでクレジットカード決済を二人分、したらしい。
フェンスのようなものは十メートルの高さだ。広大な敷地でもあるし巨人たちはフェンスの外に出る気もないらしい。
地球の三倍の大きさの馬が巨人の近くに現れた。巨人は、その巨馬に乗ると手綱を引いて巨馬を走らせる。圧巻過ぎる光景だ。巨馬の目も地球の馬の三倍なのも丸内からすれば驚きの一言、地球規格外の世界だ。
巨馬と同じく巨人は観客に突入する事は、ない。平日の時間帯らしいが観客は多い。マディラは向こうを指さすと、
「あの大邸宅の中に入れます。あの中では、もっと驚く事が見られますよ。」
 その大邸宅の中に移動した二人。見るものは何もかもが大きなモノばかり。食堂は広いだけでなく五メートルに近い巨人が座れるような椅子に食卓が地球の食卓の三倍は、ある。
 居間も同じく巨人が寛げる空間であるし、普通の身長の人間が見学できる広さは充分にある。もちろん見物人はフェンス越しに食堂でも居間でも見学するので巨人が食卓や居間の巨大ソファに座っていても行動に妨げは、ない。
驚くべき事に、彼らの寝室でさえ見学できた。
昼間でも時々彼らは寝室でセックスする。それで巨人の寝室が一番多く人だかりがしていた。
特別観覧席は屋根裏にあり、そこは入場料の百倍はするもので、富豪達が利用する事が多い。今、男女の巨人が寝室に入って来た。二人は若くて男は筋肉質、女は豊満巨大な乳房と尻を持っている。元々二人とも軽装なので、すぐに全裸になった。二人は立ったまま正面から抱き合い、キスをした。巨人男の股間は野球のバットかと思われるような長大なモノが即座に完全勃起した。六十センチはあるだろう正に肉筒、それが足を開いた巨人女の秘洞窟に潜入した。これで巨人男女は一つとなり男は連綿と自分の腰を振り続ける。巨人女は長い黒髪を乱しながら雷のような快楽の声を発した。
満杯の観客からは、どよめきの声が上がる。
これを見たいために来る人達も、いるほどだ。
地球ではストリップショー程度で男女の交わりを金を取って見せてくれるところは、ない。この星では巨人の性行為は、このように解放されて一般公開されている。もちろん巨人村には未成年者は入場できない。
年中無休の巨人村である。巨人男女の立ちセックスを唖然として見ている丸内円太である。しかし巨人たちの性交は三十分で終わった。地球のクジラの性交時間は、もっと短い。それに比べれば、この星の巨人の性交時間は長いと言える。
次は、いつになるか分からない巨人の性交だ。巨人の二人は巨大なベッドに寝て休憩している。
確かに六十センチの勃起陰茎を持続するのには大量の血液が必要だ。マディラは丸内円太に、
「巨人の寿命は三十歳です。彼らは、それで文化を持ちません。識字率は十パーセント以下で、義務教育ではない中学には行く必要が無いんですよ。小学校三年までが巨人の義務教育です。それは長い間、我々が巨人を管理してきて適切な教育期間を割り出しました。」
「そうなんですね。」
と丸内。
巨人男の勃起陰茎が巨人女の膣内に入るのは圧倒的迫力だった。巨人女の膣の長さは二十一センチで伸縮性があり、出産時には数倍は広がる。マディラは、
「彼らは長い事、休憩します。それを見ていても仕方ありません。出ましょうか。」
巨人の館を出るとマディラに連れられて丸内はUFOタクシー乗り場へ行き、再び空へ舞い上がり、今度は官庁街のような場所のビルの屋上に着地したUFOタクシーから降りるとマディラは、
「実は私は公務員のような職業なんです。このビルは外惑星省と日本語で訳すと、そういう機関のもので私は、ここの地球対策室で働いています。さっきの船長は私の上司で地球対策室長のエホバエリです。今から地球対策室に行けばエホバエリは、いると思います。」
と説明した。それからエレベーターで下に降りると地球対策室は遠くなかった。中に入ると数人の宇宙人が勤務している部屋の中に、あのエホバエリが座っていたが入って来た二人をると立ち上がり、
「ようこそ、丸内さん。お待ちしていました。応接室へ案内します。」
その部屋の中にあるドアを開いてエホバエリは丸内を応接室に入れた。
星の違いこそあれ、役所的な雰囲気のある部屋だ。マディラは入らずにエホバエリと丸内円太だけになった。エホバエリは、
「どうでした、丸内さん。我が星の世界は。」
「驚きましたよ。巨人の世界に。」
「うん、そうでしょう。でもね、地球にも太古は巨人がいたのです。でも滅亡してしまった。我が星では巨人が亡びるのを防いでいます。でも、あれは一部の世界です。この星では地球よりも遥かに楽しく生きられますよ。」
丸内は目をダイナマイトの爆発のように光らせると、
「おわう。そうなんですか。労働は免れないのでは。」
「いいえ。労働のない世界が我が星です。私もマディラも好きで、この仕事をやっています。私は小さい頃から我が星以外の惑星に興味を持っていました。それで公用で地球などにも行けるのですからね。貴方も自分の望む仕事が出来ますよ、丸内さん。」
と言われると丸内も考え込む。エホバエリは、
「どんな事をしてみたいですか。」
「働かずに遊んで暮らすとか。」
「ああ、出来ますよ。そういう地球人を求めていたんです、我々は。」
丸内は外惑星省の若い男の役人に連れられて、その星の豪華なマンションに住む事になった。
 5LDKのマンションでベランダからは、その星の郊外の風景が見渡せる。五人の美女と生活している丸内円太、各部屋に一人の美女がいるのだ。いずれも日本語の出来る女性だが、その星の言語の訛りは感じられて、それが神秘的に聞こえるのだ。その五人の美女が日常生活を支えていて、炊事、洗濯、掃除をしてくれる。
週の内、二日は休んでいいが残りの五日は毎日、五人のうちの一人とセックスする事が義務付けられている。
義務付けられなくても丸内円太は実行しただろう。
それは夢にさえ見た事のない世界だった。ただし、その丸内の生活は室内に仕掛けられた隠しカメラで二十四時間、生放送されている。
その星の全地方にインターネット配信されていて、「地球人の男の生活と性活」として有料で見ることが出来る。その収入源の八割が丸内と女たちに振り込まれた。日替わりでセックスしているので女性には均等に収入を割り当てられる。
丸内は地球に帰ることを忘れてしまい、その星の言語を学び始めた・・・。