ホモ系男子 体験版

 二十四歳の青年、菊川浩二は盆休みとして、郷里の福岡市へ帰ってきている。福岡県の福岡市で、人口は、もうすぐ百五十万人だ。中心から西の早良区西新が、彼の実家「菊川酒店」が、ある場所だ。小さな川から西が西新で、一丁目の商店街の、十階建てのビルの一階に菊川酒店は、ある。そのビルは、菊川ビルという名称で菊川浩二の父、有正(ありまさ)が、先祖代々の貯金で建てたものだ。有正は居間で浩二に向かい合って座り、
「東京は、大変そうやね。地震とか、あるし。」
と何気なく聞くと、缶ビールのプルトップを引いて自分の口に当てる。
「ああ、そうだね。地震は、よく揺れるよ。」
この前の東日本大震災の時に、菊川浩二はAVの撮影中だった。それも女優の中に、勃起したものを入れた瞬間、いきなり地震がグラグラと来たのだ。撮影しているカメラマンが倒れたので、そのシーンは撮り直しになったため、公開はされなかった。
「おまえ、俳優やりよるらしいけど(やっているらしいけど)、まだテレビには出とらんのか(出ていないのか)。」
「なかなか、ね。俳優も多いからなー、今は。」
「それじゃあ、生活は、どうする。」
「アルバイトを、しているよ。」
「ふーん。だめになったら、秀行の手伝いば、せえ(手伝いをしろ)。」
秀行とは浩二の兄で、九州大学法学部を出た後、有名なビール会社に入社して、三年の勤務の後に退社後は、菊川酒店を継ぐべく仕事をしている。
「うん。兄さんは?」
「今日はな、商店街の集まりで、帰りは夜遅くなるとよ(夜遅くなるらしいよ)。」

博多駅から地下鉄で、西新駅まで、そう時間は、かからないが、渡辺通りの近くを通過する時、浩二は昔、通った空手道場を思い出した。その道場の名前は、研心流・空手総本部という。貸しビルの一階に、五十畳ほどの道場がある。エイヤッ、エイヤッと掛け声が、道行く人の耳にも聞こえてくるほどだ。館長の石垣(いしがき)・(・)島(しま)男(お)は、沖縄県出身で、父親の転勤の関係から小学校の時に福岡市に移り住み、高校卒業後は、ボディビルジムのトレーナーをしていたが、空手の全日本選手権で優勝してからは、そのボディビルのジムのオーナーの出資で、中央区渡辺通りに道場を開いた。石垣・島男の空手は父親からの一子相伝のものであった。その道場は最初、あまりにも過酷な訓練を、させたため、三日と持たずに、やめる者が続出したため、今では、その方法は採らずに、各人各様の稽古をつけている。館長の秘儀の一つに
「天井落とし」
なるものが、ある。これは三角とびを発展させたもので、まず壁にジャンプして両脚をつけると、それを蹴って天井に飛ぶ。天井に足を当てると、そこから真下の対戦相手に飛び込んで、手刀か正拳で一撃を決める。
もちろん、天井が低い場合に有効な技だ。体育館のようなところでは、これは使えない。渡辺通りの道場は天井が低いため、高弟達を集めて、その技を披露した。その時、相手を務めたのが、菊川浩二だ。館長が壁に飛んだのは見えたが、それからは浩二には館長の姿は見えなくなった。
「ここだ!菊川っ。」
と頭上で声が、突然したので見上げると、館長の二本の指は、浩二の両眼の一ミリ前で止まっていた。くるり、と空中で回転すると、床に館長は鮮やかに着地した。
「ああ、館長・・・お見事・・・。」
浩二は、それからは言葉は続かなかった。居合わせた高弟も皆、息を呑んでいた。石垣館長は、
「これも、秘儀の一つに、すぎない。他にも、まだ、あるのだ。」
「それを、見せてください!館長!」
皆は、異口同音に懇願したが、
「そのうちに、見せよう。」
と、静かに言い、館長は石垣島の海のように微笑んだ。

そんな、ある日、菊川浩二は館長に、稽古が終わった後、一人だけ呼ばれた。
「菊川くん、今日は別の秘儀を君に教えよう。では、館長室に行くぞ。」
「はいっ。おっす。」
二人は、道場内にドアのある館長室に入った。そこは六畳ほどで、机と椅子くらいしかない。その机の上から、館長はロープを取り出すと、浩二に渡した。そして、
「今から、私が全裸になるから、それで体を縛りなさい。」
と命じた。浩二は戸惑ったが、館長は空手着を上下とも脱ぎ、ブリーフも外すと全裸になった。筋骨逞しい上半身で、腹筋は三段に線が入っている。だらりと下がった男根は、それほど大きくもなかったが。
浩二が、眼を、そらせていると、
「何を、しておるか。早く、縛るのだ。」
「はいっ。おっす。」
浩二は急いで、館長を縛り始めた。館長は、両手を背中に回して、手首を、くっつけている。
「後ろ手に縛ってくれ。」
「おす。」
浩二は館長の手首を、ぐるぐると縛る。
「両脚も、だ。」
「おす。」
浩二が縛り終わると、館長は手足を動かし、
「よく縛れている。さて、」
と呟くと、机の上にある木の板を流し目で見ると、
「菊川、あの板を取って。」
「おす。」
浩二が板を持って来ると、
「こういう状態にすると、敵は必ず近づいてくる。なぶりものに、したい心境でな。そこで。」
そのとたん、館長の、いちもつ、は、ぐぐーん、という感じで、力強く勃起して上を向いた。その膨張率が、すごいものだ。浩二は注視して、しまった。
「このように勃起させれば、敵は、これに近づくし、手に握る奴も、おろう。その時に、だ。だが、おぬしの手は傷物に、したくないので、その板を私のペニスのすぐ横に、立てよ。」
「おす。」
浩二は、館長の勃起したもの、の横に板を当てた。
「それで、よし。手を動かすなよ。きえーいっ!」
怪鳥のような叫び声と共に、館長のペニスは横に振れて、板に当たると、パキンッと音がして、その板は真っ二つに折れた。浩二は、
「おおおおお。」
と感嘆の声を、大きく、あげた。さらに館長は、上半身を前に倒すと、ロープに自分の勃起したペニスを強く当てる、すると、それは、ぶつん、と切れた。
「これで、両脚は自由となった。これだけでも、闘えなければ、いかん。が、手は、ね。」
手首のところのロープに、親指をかけると、ぶちっ、と、それも切ってしまった。館長が、
「ふーーむ。」
と呼吸を整えると、館長のペニスは小さくなっていった。ニヤリ、とすると石垣は、
「これを、ナイフペニスの技といい、我が家系に、代々、伝わったものである。鍛錬法は、そのうち教えようと思う。私の代から秘伝は、なるべく公開していくから、楽しみに、な。」
「おす!」
浩二は思わず、その場に片膝を着いて、いたのだった。

その時、浩二の年齢は二十歳だった。先生が、自分を前に勃起させた事について、立膝のままで、
「このような場合、自分は勃起できるか、心配です。」
と、師匠を見上げながら尋ねると、
「なに、女の裸を思い浮かべるのだよ。」
「なるほど。しかし・・・。」
「しかし?」
「自分は空手に強くなりたいために、女と、つきあいませんでした。」
石垣島男は、ブリーフを履くと、
「今の技は勃起しないと、できない。女と、つきあわなくても、アダルトビデオを見れば、よい。」
「は。パソコンは持っています。光ファイバーで、見れます。」
「ならば、ダウンロードも早く、できる。DVDならネット通販で買えば、送料無料で、送ってもらえるぞ。今のパソコンにはDVDプレーヤーは、ついておるからの。実は、私も見ておるのだ。最近では、絵色千佳が、お気に入りだ。さっきは、な、絵色千佳を思い浮かべたのだよ。」
浩二はアダルトは、ちらちら、と見るだけだった。無料サンプル動画だけで、それ以上は見ていない。
「おす。先生、ぼくも勃起のため、DVDを見ます。」
「よろしい。やりなさい。ペニスに自信が、ついたら、報告する事。」
「おす。」
その日は、それで道場は終わりだった。確かに、浩二は中学、高校と空手に明け暮れていた。硬派な男性に女性は近づかない。特に武道関係は、そういえるだろう。最近、法廷で裁かれている柔道の男性も、相手は自分の近くにいる女子柔道部員のみを、相手にしている。浩二だけでなく、同じ空手部員も彼女が、いなかった。浩二の高校には女子空手部も、なかったし、女子柔道部も、なかった。おまけに男子校なので、女子高生を見ることすら、稀だったのだ。学校の空手の部活が終わると、研心流道場に地下鉄で通っていたのは、中学生からで、それで今では石垣館長の高弟の一人に、数えられるように、なっていたのだが、初恋の感情を覚える相手の女性とて、見回しても、いなかった。ただ、一年上の空手部の先輩に、憧れ、とも、つかぬ思いを持っていたのは、浩二は覚えている。その先輩は高校を卒業すると、東京のインターネット関連の会社に就職が決まって、福岡を去った。その先輩の名前を、見川毅(みかわ・つよし)という。その頃の、学校の春休みに、西新商店街で浩二は見川先輩と、ばったり出くわした。
「おす。見川先輩。」
と、挨拶して頭を下げる浩二に、鷹揚に、うなずくと見川は、
「おれ、東京にいくけん(行くから)、お別れかな。菊川。」
「えっ、そうでしたか。ぼく、その事を、知りませんでした。」
「うん。昨日、入社式から帰ってきたとよ(帰って来たんだ)。新宿で、あったったい(あったんだ)。」
「入社、おめでとう、ございます。」
「立ち話も、なんやけん(なんだから)、おれが、おごる。ラーメンを、食いに、いこう。」
「おす。ごちそうに、なります。」
すぐ近くの博多ラーメンの店に入ると、二人はテーブル席で、向かい合って座った。見川は店の主人に
「大盛りラーメンを、二つ。」
と注文すると、浩二の方に向き直り、
「それがくさ(それがね)、インターネット関連の会社よ。売り上げも急進中らしい。」
「すごいですね。ぼくも、その会社に入りたいな。」
「おまえは自分の店が、あるやないか(あるだろうが)。菊川酒店が。」
「でも、ぼくは次男だから、気にしなくても、いいんですよ。」
「そうか。まあ、おれ、メールするたい。おまえのメールアドレスば、教えれ(メールアドレスを教えろ)。」
浩二は携帯電話を取り出すと、メールアドレスを表示させ、見川先輩に見せた。見川は自分も、携帯電話を取り出し、
「なら、ここで送ろう。」
と言うと携帯を操作した。間もなく浩二の携帯に、着信メロディーが鳴った。見川は笑うと、
「見ろよ。メール。」
と促した。浩二がメールボックスを見ると、そこには見川のメールが入っていた。
「確かに、届きました。」
「うーん。便利たい。おれたちの小さい頃は、こげなもん(こんなもの)は、なかったもんね。」
「そうでしたね。」
その時、店主が大盛りラーメンを二つ両手に抱えて二人のテーブルに置いた。見川は、
「沢山、食べろよ、菊川。」
「はい。それでは、いただきます。」
二人は猛烈な勢いで、大盛りラーメンを食べると、見川は、
「替え玉しょうか?」
「はい。お願いします。」
見川は店主に向かって
「替え玉ふたつ。」
と注文した。それも軽く、たいらげると、見川から先に店を出た。外は道行く人も、まだ少なかった。買い物の時間帯では、なかったせいだ。見川は店を出て、少し歩くと立ち止まった。そして浩二の方に姿勢を向けると、右手を差し出して、
「しばし、の別れかな。」
浩二は無言で自分の右手で、見川の手を握った。見川は、握手している手を持ち上げて、自分の顔に近づけると、浩二の右手の甲に口づけた。浩二は、(あっ)と思った。先輩の舌まで、感じてしまったのだ。見川は手を離すと、
「なんか、連絡したい時に連絡くれよ。」
と話すと、浩二の歩いて行く方向とは逆の方へ、軽やかに歩いて行った。浩二より五センチ、背の高い先輩だった。

その時から、浩二は二十歳になるまで、見川先輩にメールを出した事は、なかった。又、先輩からメールが来る事も、なかった。浩二は見川先輩の事をホモではないか、と思ってしまったのだ。先輩の事を思い出す日もあったが、自分としては同性愛には興味は、なかったのだ。空手家として、それは、よくない事だ、とも思う。今日、石垣先生は研心流空手の秘儀を教えてくださった。あれを身につけるためには、勃起力が必要だ。そのためには、女の裸が必要なのであって、男の裸ではない。とは、いうものの、自分は石垣館長のヌードを見てしまった。が、やはり特に何も感じるものはなかった。それは自分が全く、正常な証拠だ。先生は絵色千佳が好きだそうだけど、自分は誰にしようかな。前から気になっていた「つぼみ」のDVDをネットで買うことにした。レンタルビデオなど、利用した事がない。借りて返すのが、面倒なのだ。二、三日すると、「つぼみ」のDVDが届いたので、自分の部屋でノートパソコンに入れて見た。つぼみがヌードになっただけで、浩二は、すぐに勃起した。頭の中が、ぼーっ、と、してきて、自分の右手で、ぐいぐい握ってみた。ノートの紙を引きちぎって、自分の勃起したペニスの横に当てて、それに反動をつけて、勃起したもので叩いてみたが、軽い音を、たてるだけで紙は破れなかった。その代わり、パソコンの画面から、つぼみの喘ぎ声が聞こえると浩二は、それに向かって射精してしまったのである。すぐに、浩二のペニスは萎えていった。
 高校を卒業して浩二は、薬局でアルバイトを募集していたので、そこで働く事にした。就職へ面接にも行ったが、面接で、
「君の、お父さんの職業は?」
と聞かれたので、
「酒屋を、やっています。」
と答えると、面接官は顔を顰(しか)めて、
「お店は、繁盛していますか。」
「ええ、西新にあるのですが、最近、店の周りに大型マンションが多くできまして、店に注文が増えています。」
「それは、とても結構です。採用の場合は、ご連絡します。今日は、どうも、お疲れ様でした。」
面接官は、興味のない眼を浩二に向けた。薄々、だめか、と浩二が予想していたように、その会社から連絡は、なかった。その会社、一社しか応募していなかったので、他の会社に応募する事も、できないまま三月の終わりになった。浩二はネットで、「福岡高額アルバイト」で検索すると、渡辺通りにある薬局で、募集していたのを見つけた。携帯で電話して、問い合わせると、
「ええ、まだ募集していますよ。」
との答えが、耳に返ってきた。
「ぼく、やってみたいんです、そちらのアルバイトを。」
「それじゃあ、面接に来てください。場所は渡辺通り・・・・。」
その店は、空手の研心流本部にも近かった。ただ、地下鉄の入り口とは反対のところに、あったため、気が、つかなかったのだ。浩二はその日の午後、西新から地下鉄で渡辺通りに向かった。地上に出てからは、電話で言われた通りに歩いて行くと、その薬局はあった。
漢方・黒光り
と看板には、ある。ピカピカのガラス扉を開けて入ると、五十歳くらいの、でっぷりと太った中背の男性が、
「いらっしゃい。面接に来た人ですね。」
「はい。菊川浩二と申します。」
「それじゃあ、こちらへ、どうぞ。」
店の奥にあるドアを開けて、店主は浩二を手招きした。その中は、接客用の部屋で、丸いガラスのテーブルに、ふかふかのクッションの白い椅子が四つあった。店主が右手で椅子を指して、
「そこに、気楽に腰掛けてね。」
「はい。」
二人は、正面から向き合う形で座った。履歴書をバッグの中から浩二が取り出すと、店主は、
「さあさあ、それを見せてください。」
と、声をかけると受け取り、
「ほう。特技は空手ですか。それは結構。うちはね、薬局といっても、主に精力剤の店なんですよ。貴方みたいな、逞しい男性は店に必要ですから、即、採用という事で。そうしましょう。」
「がんばります。なにも、わかりませんが、どうか、よろしくお願いします。」
「うん。アルバイトといっても、うちでは月に、三十万は出します。そのかわり、夜遅くまでの時も、ありますが、いいですか。」
「かまいません。何時まででも。」
「うん。夜遅くまでの時は、次の日は昼からで、いいからね。」
空手道場は、その時は朝、行けばいい。道場は朝早くから、あいている。という事で、浩二は、その店でアルバイトとして働き、かなり貯金も、してきたのだ。 
 その精力剤の薬局、「黒光り」で、平日の夜十一時頃に来た客は、ひょろりと痩せた老人だった。店内に一人立っていた浩二に、
「何か新しいものは、ないかね?精力剤だがね。」
と、穏やかに聞いた。
「これは、どうでしょう。」
浩二が、新入荷した精力剤の箱を出すと、その老人は、
「いいな。これを貰おうか。今までのものは、最近、効かなくってね。」
浩二は、(いい加減、歳だし、普通は、もう盆栽でも、いじって楽しむ歳だろう)と思いながらも、
「ありがとうございます。」
と礼を言って、白いビニールの袋に、それを入れて老人に手渡した。
「これは、いくらかな?」
「丁度、五万円です。」
驚くか、と思って浩二は、その客を見たが、老人は、些かも動じた所はなく、
「ほう、安いもんだな。はい、五万円。」
と、ポケットから蛇皮の財布を取り出して、ぎっしりと詰まっている一万円札を、五枚抜いて浩二に渡した。
「君は、ここでアルバイトかね。」
「ええ。就職が見つからなかったものですから、でも、ここのバイト料は、なかなか、いいですから。」
「そうだろうな。ここは今日、何時に終わる?」
「十二時までです。」
店の時計は、深夜十二時、五分前だった。老人は、それを見て
「あと五分だ。どうだ、これから、わしが、おごりでね、中洲のバーでも行こう。」
「はあ、・・・しかし・・・。」
「なに、つきあってもらうのだから、いくらか君に、小遣いをあげよう。」
金を貰えると知って、浩二の顔つきは、全く一変した。
「もう、あと二分ですけど、五分前には、帰る準備をしていいんです。あ、白根さん。」
店の奥から白衣を着た、三十代の薬剤師らしい男が出てきて、
「これは、舌川さん、いつも、大変お世話になっております。菊川君、帰っていいよ。」
「はい。お疲れ様です。このお客さんに、今から、おつきあいしますので、着替えたら店にもう一度、来ます。」
「ああ、そうかい。大事な、うちのお客様だから、粗相の、ないようにな。」
店の奥に消えて、少しして浩二は普段着に着替えて出てきた。舌川という老人は、
「それでは行くか。菊川君。」
「はい。喜んで、お供します。」
舌川を先頭に、黒光りを出た二人は、人通りの少ない道を歩き始める。九州最大の歓楽街、中洲は、そこから東へ百メートルほどだ。中洲に着くと、まだ人は大勢歩いていた。スナックなど飲み屋が、ほとんどの雑居ビルが立ち並ぶ、その中の一つのビルの最上階、といっても五階だが、そこに舌川は浩二を連れて行く。エレベーターで到着すると、
「いらっしゃいませ。舌川様。今日は、まあ、若いお客様ですか。」
「ああ、いつもの店の奥は、あいとるかね。(あいているかね)」
「はい。今日当たり、舌川様が、お見えになるのでは、と思い、空けておきました。さあ、どうぞ。」
ちょび髭を生やした、長身の黒服の男が店内に案内する。その店の中は、薄暗い光に照明は、されている。一番奥の、四人掛けのテーブルに舌川と浩二は座った。舌川老人は、
「ジンを持って来てくれ、君は?」
と浩二を見る。
「コーラで、いいですけど。」
「遠慮するなよ。ビールでも飲みなさい。おつまみは、適当にね。」
うやうやしく、バーテンの男は頭を下げた。その男がカウンターへ戻ると、舌川は話し始めた。その席は、周りには声が聞こえない作りになっている。
「君は服の上から見ても、いい体をしているな。何か武道でも、やっているようだが。」
「御目が高いですね。空手を少々やっています。」
「そうだろう、と思ったよ。わしの妻がね、空手をやっとるんだ。目付きが似ているし。その妻との夜の交渉が、最近、うまくいかんのだ。」
舌川は苦笑いした。浩二も苦笑いを浮かべそうになったが、こらえた。この老人の奥さんって・・・。
「三十なんだ、今年ね、うちのやつは。」
えっ、それで、と浩二は思う。
「わたしはね、今七十歳です。五年前に今の妻と結婚しましたけど、ここ何ヶ月か、夜の方は、大変、ご無沙汰となっている。君は、ガチムチ系だなあ。」
舌川は、感嘆の眼差しで浩二を見ている。
「ガチムチって、なんでしょうか。」
「いや、筋肉質という事ですよ。それで、精力剤を黒光りで、ここ最近、買っては試して妻と、その・・・ですけど、どれも、すぐ効かなくなってしまう、のですな。そこで、実はね、私はゲイの方も、いけるたちで・・昔、白人男性に、尻にペニスを入れられた時に、自分も勃起していた事が、あったのですよ。」
浩二は呆れた顔をした。舌川は、浩二の顔を舐めるように見ると、
「いや、呆れるのも、もっともです。でもね、今のわたしには、妻を満足させたい、という思いが、ありますから。どんな事でも、やってみたいという気持ちですよ。妻はフラストレーションを空手で発散していますが、乳首は立っているし、私は立たないし、で情けない思いをしていますな。」
「それで、ぼくに、そのう、何が、できるのですか?」
「まあ、一杯。やりたまえ。」
注文した酒類が、盆に載せられてきたので、舌川は浩二にビールを勧めた。大きな皿に、ピーナッツや枝豆、アーモンドが山盛りになっている。
「それでは、いただきます。」
浩二はジョッキに注がれたビールを、ごくごく、と飲み干す。舌川は手を打って、
「いい飲みっぷりだね、君。おつまみも、やってくださいよ。全部、今日は、私のおごりだから遠慮せずに、ね。」
「それでは、こちらも、いただきます。」
枝豆を、浩二が口に入れると、
「この後ね。私と一緒に春吉(はるよし)のラブホテルに、行ってもらいたい。」
「ええっ!」