SF小説・未来の出来事17 試し読み

 何処まで降りて行くんだろう、と流太郎は思った。階数表示のボタンを見ると、何と、地下三十階まで、ある。しかし高速のエレベーターなのか、そして途中の階でボタンを押した人がいないらしく、素早く岩石のエレベーターは地下三十階に到達した。
チェリネ・リンポチェが右手の人差し指で優雅にエレベーターの「開く」ボタンを押した。岩石の扉は、横滑りに開いた。地下三十階にしては、明るい部屋が見えた。地下三十階に至るまで、部屋があるから誰かがいる。住んでいる場合も、あるだろう。
仰天したのは、その部屋は五メートル先は壁となっていて、その前に銃を構えた兵士が二人立っていた。彼らはチェリネを見ると敬礼した後、銃を地面に置く。
その兵士の一人が進み出てチェリネに、何かチベット語で話す。流太郎を見て話しているようだ。それについてチェリネがチベット語で答えると、兵士は部屋の奥の壁にあるボタンを押した。壁はスーッと左右に開いた。その先にあるのは地下鉄の駅のような、たたずまいだった。チェリネは流太郎に日本語で、
「さあ、これから電車に乗って更に地下へ下ります。行きましょう。」
と声をかけ、先導して歩く。そのプラットフォームには既に一台だけの電車が二人を待つかのように姿を見せている。
 電車の扉は開いていて、二人が乗ると自動で閉まった。そして電車は動き出す。電車の内部は日本に走っている地下鉄と同じだが、座席のクッションは日本のものより、もっと心地よかった。なだらかな斜面を降りるように電車は走っていく。不思議な事に地下にあるのに電灯など何処にも見えない。それでいて薄明るいのだ。
そして地下に降りて行けば行くほど、明るくなってきた。地中に深く行けば行くほど暗くなるはずだが・・・。
 チェリネの左横に座っている流太郎には次第に明るくなっていく窓の外は驚異そのものだ。もしかして地上に戻っているのでは?と思ってしまうのだ。でも電車が下降して走っているのは実感できる。
窓の外は昼間の明るさになった。電車は遂に並行に走り始めた。山を下りた時のような風景が広がり始める。随分、田舎のようだ。田畑が見えるのだ。農家らしい家が、近くや遠くに散在している。
広い水田の向こうには山が見える。もはや地下鉄ではなく地上を走っている電車だ。流太郎は電車内の天井をフト、見てみた。すると!なんと電車の天井は今までの3倍の高さに、なっているではないか!天井まで6メートルは、あるだろう。何故、天井が高くなったのだろうか。それとも今までに見た社内の天井が低いと錯覚していたのかもしれない。流太郎は横にいるチェリネに、
「いきなり天井が高くなったみたいですが、こんな事は、あるのですか。」
と訊くと、チェリネは平然と、
「これからの対応に必要なのよ。すぐに、分かるわ。」
と答えてくれた。
電車は田園風景の無人駅のような所に着いた。これが地下にある世界だろうか。地上に出ているとしか思えないが、その駅に待っていた人達を見て、流太郎は、ここが紛れもなく地下の世界である事を確信したのだ。
二人連れの男が車内に乗り込んできたが、彼らの身長は三メートルは、ある。巨人二人で一人は肥満体、もう一人は痩せている。流太郎には分からない地下世界の言葉で二人座席に着くと話し始めた。それを日本語にすると、
肥満体の男 「おれたち背が低いから職が見つからないのかもな。」
痩せた男 「それは、そうだ。俺たちは小人なのさ。この世界の平均身長は四メートルだからな。それよりも俺たちは一メートルは低い。」
肥満体の男「ああ、それで精いっぱい食べたが、俺の背は伸びなかったよ。そのかわり、ブクブクと太ってしまった。」
痩せた男「でもよう、この身長だから雇ってくれる仕事も、あるんだ。それで俺たち、コンビを組める。町に着いたら面接だぜ。」
肥満体の男「サーカスには入れれば生活は何とか、なるな。」
痩せた男「面接前から採用は確定している。俺たちの写真をメールで添付して送っただろ?おれのメールボックスにはサーカスの団長から採用内定の返信が届いたよ。」
肥満体の男「おい、俺たちの前にいる、あの男女の二人。奴らは俺たちより背が低いぜ。二メートルもない。奴らもサーカスに面接に行くのか?」
痩せた男「さあ、な。もうサーカスで働いているのかも、しれんぞ。どうやら地上人のようだな。服装で分かるよ、彼らの。」
チェリネには彼らの会話が分かった。彼女は、もう長い間、地下世界へ行っている。十歳になった時から地下世界へチベット密教の指導者に連れられて、この地下鉄に乗り、地下世界の指導者に会っている。その指導者の上に更なる指導者が、いるのだが。その指導者の身長は四メートルは、あった。指導者だけではなく、彼の信者も身長は四メートル位だった。その頃からチェリネは地下世界の言語を学んだ。その地下世界こそシャンバラと呼ばれる理想郷だったのだ。
チベット密教の、とある高僧だけがシャンバラとの交流を保ち続けている。チェリネは幸いにも、その高僧と出会えたのだ。シャンバラというのも一つの広大な世界だ。地上の日本でさえ狭いと言われながら北海道から九州、沖縄と割と広い。北海道と沖縄では気候も全く違う。シャンバラの広さは日本どころではなく、世界一広い国土のロシアより広いのだ。
 これまで地上に伝えられてきたシャンバラの情報は、その、ごく一部に過ぎない。ロシアやアメリカを足で歩いて回るとなると大変な労力を要する。シャンバラとなるとアメリカとロシアとヨーロッパを足したより広い世界だ。
これまでシャンバラに行ったという人達は、そのほんの一部を見たに過ぎない。
地上から、すぐ行ける場所にシャンバラの聖者が住んでいることは、ない。電車に乗って来た巨人を見て驚いている流太郎にチェリネは、
「あの人たちより、もっと大きな人がいるわ。あの人たちはシャンバラの人達の平均身長には及ばないから。」
と解説した。流太郎は、
「電車の天井が高くなった理由が分かりましたよ。僕は最初に、この車両に乗った時に天井を見上げました。その時は地上にある普通の電車の天井の高さだったんです。シャンバラに入ったら天井を高くしないと、いけないわけですね。」
と納得する。チェリネは、
「シャンバラは、とても広いのよ。シャンバラにも海があるし山もある。でも一つの大陸しかシャンバラには、ない。」
と窓の外の悠然とした景色を眺めつつ話す。電車は時速五十キロ程度で走っているようだ。流太郎は、
「それでは大陸の端から端までの移動は大変ですね。この電車だと一年くらい、かかりそうですが。」
と訊いてみると、チェリネは、
「交通機関は他にも、あるのよ。でも、それは、そのうち分かるから。私たちが知りうるシャンバラは、ごく一部だけ。わたしの知っている長老様の上には又、長老様がいる。地上の人間が入れない場所もあるし、仏陀が許可された場所も限られていた。わたしたちチベットにはボン教という仏教伝来以前からの宗教があるけど、これは地下帝国シャンバラとの繋がりがあるわ。そこでボン教はシャンバラの秘法も、いくらか伝えられているの。」
「なるほど、ボン教ですか。知りませんでした。チェリネ・リンポチェのチベット密教にはボン教のものも、あるわけですね。」
「そうです、それでウチは代々、シャンバラと繋がりがある。それで、年に数回はシャンバラに行きます。父は月に一回くらいかな。この可変天井型電車も、わたしたちのために作ってもらったんです。」
「それは、すごい。チェリネ・リンポチェに会わなければ、僕はシャンバラに来る事は、なかったでしょう。」
と感心する事ばかりの流太郎である。
次の無人駅に着くとチェリネは立ち上がり、流太郎に、
「降りますよ。」
と短く言う。
自動扉が開き、二人の斜めの右先からは、さっきとは別の巨人が二人入って来た。彼らの身長は四メートルは、あるだろう。
横目で、その平均身長の巨人を見やりつつ流太郎はチェリネの後から電車を降りる。改札口も駅員も、いなかった。駅舎は石造りでベンチはあるが誰も座っていない。切符も必要では、ないのだろう。先を歩くチェリネに流太郎は、
「この電車はタダだったんですね。」
と訊くとチェリネは振り返らず、
「なにしろ、ここでは電気はフリーエネルギーだから、お金を取る必要ないの。」
と説明してくれた。
流太郎は空を見渡した。明るいが太陽らしきものは見えない。それで、
「太陽は、ないようですね。なぜ、明るいのでしょう。」
と歩きながら聞くと、チェリネは、
「光源は、あるけど地下に太陽は必要ないわ。ここの空は行きつくところが地球の地下の部分になる。人工的な光を、この世界の幾つかの場所で作り出しているの。それで、ここは充分に明るい場所になる。詳しい事は、ここの神官の人に聞くといい。」
と話すと、立ち止まった。道路は車道らしきものも通っているが、自動車やバイクは見ない。歩道にも人は、いなかった。夢幻の世界のようだが風が、そよ風程度で吹いている。見渡すばかりの小麦畑だ。驚くことに小山の斜面にも小麦が連なっている。タクシーは走っていないだろうに、これからチェリネは、どうするのだ?チェリネはスカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、何か流太郎には分からない言葉で話した。それから一分経つか、という時に、突如、地平線の向こうから丸い物体が現れて、それは瞬間移動したかのように二人の前に飛んできた。円盤型UFOだ。
それは二人の前で車道に着陸した。中から出てきたのは赤い僧服のチベット僧だ。彼は歩道にいる二人の前に立つと、
「チェリネ。久しぶりだな。さあ、乗れよ。」
チェリネは無言で、うなずくとUFOの中に入ったのだ。流太郎も、そそくさ、と付き従う。天井の高い部屋だった。三人がいる部屋に、運転席らしい部屋のドアが開き身長四メートルの巨人の中年男性が現れ、何か喋った。歓迎の意を感じる言葉だ。
 これから何処か他の惑星に連れ去られるのだろうか?巨人は地球人ではなく宇宙人だとしたら、うなずける話である。
巨人の言葉を日本語で紹介しよう。その巨人はチェリネに、
「あの男は日本人か。」
と訊いた。チェリネは地下世界語で、
「はい、そうです。プロキシマbの女性であるサミアドネさんが連れてきたのです。」
「ほほう、それは興味深いな。何しろ、この地下帝国に日本人が来た事は、まだ、ないのだ。日本人は冒険精神に乏しい。江戸時代は特に、それが顕著だった島国だな。」
「よく、ご存じですわ。マスター、ロギンソン。」
「いや、それほどでもないさ。彼は、なんという名前だね?」
「時・流太郎と、いうそうです。」
「ふむ。地下帝国に初めて来た日本人だ。歓迎してやらねば、な。もちろん、我々だって日本に行く事は、できないのだ。このままではね。さあ、着いたぞ、我らの宮殿へ。」
と巨人のマスター・ロギンソンは快活に話した。五メートルの高さがある円盤の扉が開いた。マスター・ロギンソンの後に続いて円盤に乗っていたチベット僧、チェリネ、流太郎の順に円盤の外へ出る。
 そこは小高い丘の上だった。地上の宮殿に比べて四倍の高さは、ある。白色の壁には太陽光パネルに似たものが取り付けられている。四メートルの巨人のマスター・ロギンソンは入り口の扉の右の壁にあるパネルに右手の人差し指を当てた。指紋認証のドアらしく、すぐに扉が開いた。その扉も高さ五メートルは、ある。ロギンソンは皆を振り返り、
「さあ、中へ入ろう。寛いで、もらいたい。」
とニコヤカに誘う。
中に入って応接ホールのような場所に、すぐ行きついた。そこにあるテーブルやソファは巨大で、四メートルの身長の巨人用の家具だ。
三人がソファに座っても、背中がソファの背もたれに届かない。ロギンソンは、
「背中をつけるために両足は投げ出していいから。」
と背中をソファに着ける事を、すすめる。
三人はロギンソンに言われた通りにした。召使風の男が現れた。彼も巨人で四メートルの身長だ。地下世界語で、
「ロギンソン様。ミルクティーで、ございます。」
ロギンソンは鷹揚に、うなずくと、
「テーブルに置いてくれ。三人には、私のミルクティーの半分のものを。」
巨人の召使が届けてくれたミルクティーを流太郎は、濃度が、とても濃いように感じた。地上のミルクより数倍は濃くて、うまい。チェリネは地下世界語で、
「いつも、おいしく思います。こちらの食べ物や飲み物は地上のものより、どれも美味ですから、もう、地上に帰らなくてもいい気がしますわ。」
とロギンソンに話した。ロギンソンは、
「それは地上に比べて我々の牛の育て方や農作物の作り方が数層倍、進化しているからなのだ。人工太陽も我々の作成したものだからな。そもそも、本物の太陽が地球内部にある、という事などは普通に考えても、ありえない話だろう。そこで、だが実は地上に降り注ぐ太陽光線には有害なものも含まれている。それが地上の人間の寿命を縮める一因でも、あるんだ。それに比べて我々の作った人工太陽には有害な光線は含まれていない。
そのため、我々地下の巨人族は数千年は生きられる。」
と話してくれた。
 人工太陽!それが地下世界を照らしていたのだ。もちろん、その言葉は流太郎には一語も分からなかった。
チェリネは流太郎にコッソリと、
「あの男のチベット僧は二百歳なのよ、あまり地上に出てこないせいと思うけど。」
と日本語で教えてくれた。マスター・ロギンソンは立ち上がると部屋の隅にある箪笥のような家具のあるところへ行った。驚くべきなのは、その箪笥はガラスのように透明で中が見えるのだ。まさかガラスのような壊れやすい素材で作られた箪笥では、ないと思われるが。
そこからヘッドフォンのようなものを取り出すとロギンソンは流太郎の前に来て、そのヘッドフォンを渡すとチェリネに「日本語で説明してあげなさい。」
と示唆する。チェリネは、
「そのヘッドフォンを耳に装着すると、ここの言語が日本語に自動変換されるから、耳に当てるように。」
と流太郎に指示した。
流太郎が耳にヘッドフォンを付けると、マスター・ロギンソンは、
「日本語に変換するヘッドフォンは最近、作られたものだ。チベット語に変換されるものは一番初めに造られている。日本人というのは後発人種で後発国家のようだな。チベットは国家としては貧しいが、豊かな人は精神的にも豊かで我々と交流もある。日本は経済国家として大成して金は、あるようだが、それだけでは・・・。でも君は金持ちそうにも見えないので、しばらく、ここにいてもいい。」
流太郎は思わず、
「はい、ありがとうございます。」
と日本語で話したが、それはマスター・ロギンソンには理解できなかったらしく、
「私もヘッドフォンを耳に付けよう。」
と話し、さっきの透明な箪笥へ行き、ヘッドフォンを耳にして戻って来た。四メートルの身長の人用のヘッドフォンだ。この地下世界では、その寸法のヘッドフォンが標準なのだろう。
ソファに座ると善良そうなロギンソンは、
「これで日本語が分かる。チェリネやライツォン(男のチベット僧)には日本語が分かるからヘッドフォンは必要ない。」
そのヘッドフォンの左と右をつなぐ部分の中央に、小さな集音器みたいなものがあり、そこで日本語を地下世界語に翻訳してマスター・ロギンソンの左右の耳に伝えるらしい。ロギンソンは面白そうに流太郎を見ると、
「日本には仏教があるが、あれは釈迦が本来、教えていたものではないのだよ。」
と話した。それを聞いた流太郎は、
「では贋の仏教だと、いう事ですか??」
「ああ、そうだ。日本の仏教は、すべて中国を経由して伝えられた。それが全部、釈迦が本来、教えていたものではないのだ。真伝の仏教はチベットとタイにある。」
なんという衝撃、それが、でも事実だろう。ロギンソンは続けて、
「真伝の仏教を中国には伝えない、という事を初期の仏教僧は決議した。それで例の達磨の事が気になると思うが。」
と流太郎の返答を待つ顔にロギンソンは、なる。流太郎は、
「達磨って選挙に当選したりしたら両眼を書き入れる、あれですか。」
「そうだ、その達磨だが。これはインチキ・インド人だった。奴はインドの王子だったが真伝の仏教を自分は知っていると公言して中国に、やってくる。面壁九年、悟ることが出来ずに両脚は腐った。この面壁という座法こそ本来の仏教の観想法ではない事は分かるだろう。」
流太郎はチベット密教のゾクチェンの秘法を思い出した。高台から空中を見て座る、という座法だったのだ。それで、
「ええ、そうみたいですね。禅宗の座法は違うようです。それでは釈迦の教えたものとは違うという事、ですか。」
「ああ、日本にある仏教は総て釈迦本来の仏教ではない。故に日本人は宗教に興味を持たないのだ。葬式仏教と割り切られておる。君はチベット密教のゾクチェンで本物に出会え、今、地下世界のシャンバラに来ている。これは日本人としては初めての事だ。本物の釈迦も随分前に我々が地下世界に来させたのだ。私は今、九千歳だから、もちろん、その時の釈迦に会っているよ。」
流太郎は、もう一人の宗教人について聞いてみたくなり、
「キリストは来たのでしょうか。」
マスター・ロギンソンは首を否定的に振ると、
「いや、彼は来ないよ。彼は金星由来の人間だ。地球のものを軽蔑し、ユダヤ教の神殿も荒らした。それは、もちろん、よくない事だ。様々な理由からユダヤ社会で死刑となった。我々は金星由来の人間では、ない。我々はアトランティス大陸からの人間だ。元々の我々の祖先はUFOに乗って他の惑星から地球へ来たのだ。それでUFO製造の方法も代々、アトランティスでは伝えられていた。
金星人は千歳まで生きる人間は、ほぼ、いない。私は九千歳だし、この事実からも金星人が全てに於いて地球人より、優れているとは言えない事が分かるだろう。
金星人ですら知らない生命維持の方法を我々は知っている。」
と話すとロギンソンは流太郎を見る。流太郎は思い出したように、
「インドのババジも不死の人と呼ばれています。」
「彼は二千歳にも、なっていない。インド人のババジは神に助けられている。だが、我々は神に助けてもらったわけではない。いずれにせよ、地上の文明はヨガも含めて、それほど発達しているわけではない。我々のアトランティス、そしてレムリアの文明は超絶的なものだ。それは地下世界に生かされている。」
「アトランティス大陸は沈んだのでは、ありませんか。」
「そうだよ。レムリアも沈没した。が、これは自然現象では、ない。アトランティスとレムリアで戦争を行った際に地殻変動を起こしてしまったのだ。どちらも相手の国を沈没させようと、目論んだ訳だ。それは、両方の国で成功したわけだが・・・。
 私はアトランティス大陸で神官であると同時に科学者でもあった。現代地上文明からすると我々の科学は超科学と呼べるものだ。」
 地底世界の巨人はアトランティス大陸の人だったのだ。ロギンソンは話を続ける。
「アトランティスが沈没する事を事前に予測できた我々はUFOで脱出した。神官と、その家族の数千人はチベットの或る地点から地下へ潜ったのだ。そこには最初から地下太陽が燦燦と優しい光を我々に投げかけて、くれていたのだ。牛や馬も、いた。我々は地下世界の動物をアトランティスから持ち込んだ様々な生物のDNAを使って品種改良していったのだ。
それで我々の食糧は確保されていった。何か聞きたい事が、あるかな?日本人の…君、名前は何というんだね。」
「時・流太郎といいます。」
「ああ、時君ね。私の名前はロギンソン・パウモアという。それでだな、何か聞きたいかね?」
「はい、パウモアさん。アトランティスのUFOは、どこまで飛べるのですか。」
「いい質問だね。地球外にも、行けるよ。プロキシマbまでは簡単さ。地球に似た惑星で、地球から最も近くにあるのがプロキシマbだからだよ。」
プロキシマb!プロキシマ・ケンタウリを回る惑星である。プロキシマ・ケンタウリは太陽系の太陽から4.24光年ほどの距離にある。4.24光年は遠くない距離なのだろうか。流太郎は、
「四年の時間は、それなりの旅行時間と思います。」
と意見を言ってみる。ロギンソンは不敵な微笑みを顔に浮かべ、地上の人間の二倍の大きさの顔だ、
「四年も宇宙空間を旅していられるものかね。四十時間は、かかるがね、プロキシマbへの地球からの到達時間は。」
「四十時間ですか。光速でも四年かかるのに。」
「それは君、光が一番早い速度で移動するという愚かな地上の物理学で考えるからさ。アトランティスの科学は、物理学は、そんな幼稚なものではないのだよ。」
流太郎は光より早いものを想像さえできなかった。しかし、光より早い動力でなければ、プロキシマbに四十時間で辿り着くことは不可能だ。ロギンソンは語る。
「要するに光より早く動くものを空間から取り出して、それをエネルギー源とする。そういうものは、いくらでも取り出せるよ。電気も実は空気中に含まれている。
詳しく教えることは、できないがね。」
ピタリと制止するような語調で話を止めたロギンソンは、
「話ばかりでは面白くないだろう。何度か地下世界に来た地上人は、我々の世界のホンの一部を見たに過ぎない。時君、君はチェリネと同行しているから、もう少し色々なものを見ていけるよ。」
ロギンソン、チェリネ、流太郎は宮殿の庭にあったオープンカーに乗った。ロギンソンが助手席、後部座席にチェリネと流太郎だ。運転は誰が、するのか?
なにせ、四メートルの巨人が、ゆったりと座れる助手席だ。車自体が地上にある車の2.5倍の大きさなのだ。後部座席のチェリネと流太郎は、ゆったりと離れて座っている。あと二人は後部座席に座れそうだ。
 巨大なオープンカーは急発進した。運転席には誰もいない。ハンドルも何処にも見えない。後部座席左側の流太郎は身を乗り出して運転席を見る。運転席の足元を見るとアクセルやブレーキも見当たらない。
ヘッドフォンをしたままの流太郎は同じくヘッドフォンをしたままのロギンソンに聞いてみる。
「ハンドルがないどころか、この車はアクセルやブレーキも見当たりませんね。どうやって動くのですか。」
ロギンソンは悠々と助手席で前方を見ながら、
「ここにリモコンがある。」
と右手を高く上げて、手に握っているリモコンを流太郎に見せる。ロギンソンは続けて、
「スタートを押した。あとは自動運転だ。万一の場合、それは通常には、ありえない事だけれど、リモコンにはブレーキもアクセルもある。ハンドル操作もできる。ハンドル操作は地上のパソコンに指で操作できるものがあるけど、あれと同じだね。右回りと左回りの二通りだよ。それで右へハンドルを切るのと、左へハンドルを切るのと同じになる。」
なんとも便利すぎる自動車だ。走り始めたオープンカーから見える景色は郊外のものだが、爽やかな快晴の空は地底のものとは思われない。しばらく対向車線に車も見えなかった。
海岸線が見えてきた。海水客が、いるらしい。十人ほどの男女の塊が見える。彼らは地底世界の住人らしい。四メートルほどの身長で、しかも彼らはオールヌードだったのだ!
 ロギンソンのオープンカーが通り過ぎるのに気付いた彼らは、車に向かって手を振ってくれた。
四メートルの身長の巨人美女の裸体を流太郎はジックリと眺めてしまった。肌の色は白く日焼けしていない。乳房や尻は白人女性の二倍以上、ある。股間の陰毛地帯も地上の白人女性の二倍の広さで、その下に見える陰スジも二倍は、あるのだろう。
男性のモノも地上の男性の二倍は、ある。まるで小さなバナナが股間に垂れ下がっているようなのだ。だが流太郎は、それらをジックリとは観察しなかった。オープンカーは、そこを低速で通り過ぎて行った。
あれらの人達もアトランティスの末裔なのだろうか。地下世界でのヌーディスト・ビーチ、裸天国海岸なのだ。
助手席のロギンソンは海から吹く風に、大きな長い髪の毛を靡(なび)かせつつ、
「この辺は人口の少ない所なんだが、意外に裸体讃美者が多かったな。だけど法に触れるという事は、ないんだよ。彼らが海岸でセックスをする事も認められている。大抵は海中で性交する場合が多いが、露出趣味のある人達は海岸線を走る自動車に乗っている人達に見えるように性行為を行っているよ。」
その話に流太郎が目の色を変えたのに対して、チェリネは平然としていた。チェリネは、
「公然猥褻罪という法律が、ないらしいわ。むしろ奨励されているのかしら、そうですね、マスター・ロギンソン。」
と話した。ロギンソンは、
「うん、そうだよ。地上での公然わいせつというものは風紀を乱す、とか他の人の性欲を惹起せしめる事への怖れから罪として取り締まるものだろう。我々のようなアトランティス人は他人の性行為で自分の性欲を亢進させられる事は、ないからな。それに第一、地下世界は人口が少ないんだ。我々はキリスト教でも、ないし、原罪思想もない。アダムがイブを知った訳でもない。地上の西洋社会はキリスト教に覆われている。日本も、少なからず影響があるようだね。クリスマスイブにホテルを予約するカップルはイブ・まんこするつもりだろう、キリストでも生むつもりかね。我々にとって、そもそもキリストなんて、どーでも、いーのさ。キリスト教なんてペテンか詐欺の宗教と地下世界では捉えている。そもそも処女懐胎などという事は生物学的にも不可能だ。それを公然と掲げてキリストとやらの神性をゴリ押ししたキリスト教は免罪符などというインチキなものを発行し、ガリレオの地動説を否定したのだ。
ローマ帝国と結びついたキリスト教は権力志向に走る。それはヨーロッパでユダヤ人弾圧へと向かった。
 とにかく、だ。我々はキリストとやら馬小屋で生まれた貧乏人の宗教なんて蚊のうんこ程にも思っていない。時君は、まさかキリスト教じゃ、ないよな?」
「うちは禅宗だったようですが、僕は長男ではないので・・無宗教みたいなものです。」
「それは、いい。アトランティスの神官だったのだよ、わたしは。神を崇める仕事だ。今も続けておるんだ。それでだね、神秘学、オカルトの方でマイトレーヤというのがいるが、あれもアトランティスの神官だったのだよ。キリストは、このマイトレーヤの弟分に、なっておる。あんなの相手にしなくても、いいじゃないか、とマイトレーヤには言ったさ、わたしはね。でも聖者として慕われると無碍にも出来ないのがマイトレーヤの気持ちらしい。
何年に一度かはマイトレーヤも私の宮殿を訪問する。そしてアトランティス時代の神を礼拝して帰るのだ。」
 アトランティス時代の神!それは、今でも実在するのか?!
流太郎は、それに就いて、
「エジプトの神様とは違っているのですか?アトランティス時代の神様は。」
と尋ねる。神官ロギンソンは、
「実在し、我々に教えをくれる有難い神様だ。なお、一神教ではない。当たり前の話だが神は複数、存在する。」
さっきのヌーディストの人達は既に見えなくなって久しかった。
トウモロコシ畑が見えてきた。それは余りにも広くて地平線の遥か彼方にまで続いているかのようだった。ロギンソンは、
「この地底世界では盗みという事が起こらない。あのトウモロコシ畑にある玉蜀黍は誰が取ってもいいのだ。つまり、あの畑は誰のものでもない。みんなの、ものだからだ。この地底世界には農家というものが存在しない。農作物は勝手に豊作となる。害虫も、いない。
長雨や日照りも起きないので不作は一年たりとも起こらない。農作物は余りにも豊富なので農業をやる地底人は、いないのだ。」
流太郎は自動翻訳機のヘッドフォンに両手を当てて、耳の位置を調整すると、
「農業をやる人は、いなくても土地は誰かのものでは、ないのですか?」
と尋ねた。ロギンソンは笑いたくなるのを、こらえた様子で、
「そもそも農地というのは地底世界では誰のものでも、ない。」
と断じた。だから誰でも農作物は取り放題なのだ。それでいて農作物は、なくならないのだろうか?その疑問を流太郎は口から発して、
「限りある農作物では、ないでしょうか。」
「もちろん、有限なものだよ。しかし地底の人間には溢れて余る量なのだ。実際のところだね、誰も取らなかった農作物は、そのまま枯れていく。つまりタダでも余っているんだよ。人間が誰も取らないからといって農作物が嘆き悲しむ訳ではないんだ。地上で農作物が余ると悲しむのは農家の人間なんだ。地上は豊かに実らないものだ。りんご、にしてもそうだし、メロンともなると実りが少なすぎるものだ。それでメロンの価格は高騰する。それでも買う人がいるから、ある価格で一定になる。
それを買えるのが富裕な人間で、買えないのが貧乏人という事になる。貧富というのは地上では、こういうところかも発生する。単に農作物を手に入れられるか、手に入れられないか、という事だけで、だ。
問題なのは地上が貧しい、不足している農作物しか生み出さないからなんだ。アトランティス大陸にも豊かな農作物が存在した。アトランティス大陸は海底に没したが、地下世界に逃げ込んだ我々は又しても豊かな農作物に巡り合えたのだ。」
長い間、道の両端はトウモロコシ畑であったのだが、それが今度はメロン畑になり、それも広大な面積の中にメロンが連なって実っている。あのメロンも、この地下世界では取り放題なのだ。どこまでも続くメロン畑の次はブドウ畑だ。それらの果物は地上のものとは違うのが大きさで、その体積は地上のメロンやブドウの三倍の大きさだ!
スイカのようなメロンもある。
流太郎は訊く。
「あの大きな果物は何と呼ばれていますか。」